四章:侯爵令嬢は異母妹と再会する①
コルネイユ侯爵家は荒れに荒れた。
父はリディアーヌのしでかしたことに批判的であったし、継母は今回の件の全てが気に入らない様子だった。離縁され、実家に戻ってきたリディアーヌは不満そうに頬を膨らましている。
「どうしてこんなことをした」
父は深刻そうな表情で娘に訊ねる。リディアーヌは「濡れ衣よ」と涙を浮かべる。
「私、浮気なんてしてないわ。シャルロットに嵌められたのよ」
「お前が部屋に男を連れ込んだのを目撃した人間が何人もいるんだぞ」
「だから、それこそ、シャルロットの罠なのよ」
彼女は繰り返し同じ主張をする。
「実際はどうであれ、多くの人間はお前が皇太子妃でありながら、他の男と関係を持ったと思っている。陛下や皇太子殿下もそう判断したということだ」
普段、愛娘に甘い父も今回ばかりは寛大ではいられなかった。
当然だろう。今回のことは父の立場にも影響してくる。
父に対しては「リディアーヌの独断であり、不問と処す」と国王から言葉があったが、周囲はそうとは受け取らないだろう。皇太子妃でありながら、他の男を寝室に招いたリディアーヌの行動で、父の立場が悪くなることは目に見えている。事実がどうかは関係ないのだ。
コルネイユ侯爵家はこの国に五つしかない侯爵家の一つとして、それなりの地位を確立してきた。しかし、今回の件でその地盤が揺れてもおかしくない。過去には王族を侮辱したとして、爵位を剥奪された例もある。
これからは侯爵家の人間であるということに胡坐をかいてはいられない。社交界での継母の発言権にも影響が出るかもしれない。
「エレオノールお姉様」
そのとき、エレオノールは名前を呼ばれた。
今エレオノールがいるのは廊下だ。父と継母、妹の様子が気になってこっそり様子を伺いに来たのだ。
両親たちの様子が気になったのはエレオノールだけではなかったらしい。振り返るとそこにはまだ六歳の異母弟――マルセルの姿があった。
マルセルも母や姉と同じ金髪碧眼の美少年だ。普段会話をすることはほとんどない。
エレオノールは異母弟に笑みを見せる。
「マルセル。少しあちらに行っていましょうか」
そう言ってエレオノールは弟の手を引いてその場を離れる。幼い弟に身内が言い争う姿は見せるべきじゃない。マルセルは大人しくエレオノールについてきてくれた。
マルセルを連れて庭に向かう。
植えられている庭の花や植物を一つ一つ見ていく。花や植物の名前や教えると、マルセルは「これは?」と次々に質問をしてきた。
のんびりと庭を散歩していた二人だが、ふとマルセルが訊ねてきた。
「リディはこれからずっとおうちにいるの?」
――ずっと、なのかは分からない。
父は離縁されたリディアーヌをどうするつもりだろう。
ただ、少なくとも、婚約解消されたエレオノールよりも姦通の罪で離縁されたリディアーヌの方が厳しい状況にある。
新しい縁談相手を探すのか、それとも修道院に送るのか。いや、リディアーヌには密会していた男性がいたはずだ。その人物に責任をとってもらうのか――エレオノールには分からない。
だが、しばらくリディアーヌがこの屋敷にいるのは確かだろう。「ええ、そうですわよ」とエレオノールは笑った。
「リディはなんで帰ってきたの? お母様はリディは王宮で王子様と仲良く、幸せに暮らしてるんだって言ってたのに」
幼い異母弟の疑問にエレオノールは答えられない。
そのとき、マルセルが突然駆け出した。後を追おうとして、向こうに継母の姿があることに気づく。
「お母様」と声をあげて駆け寄ってきた愛息子を継母は抱きしめる。
継母は庭先にいるエレオノールを冷たく一瞥する。それから、マルセルと一緒に屋敷の中に消えていった。
残されたエレオノールは一人で庭園を一周し、自室へ向かった。
✧
ジスランが二人目の妃――側室としてシャルロットを娶った。あの日以降、エレオノールは直接シャルロットと話が出来ていない。
一人目の妃であるリディアーヌの異母姉であるエレオノールは本来、シャルロットと敵対する立場にある。そのため、しばらくは接触することをアルベールから止められていたのだ。
エレオノールとシャルロットの関係性はおそらく、それほど知られていない。
人の目がある場所でシャルロットと話したのは最初のヴァロワ侯爵夫人のお茶会だけだ。それ以降は二人きり、あるいはアルベールを含めて三人だけで会っている。集まるのも大体ラルカンジュ公爵邸だった。
一度シャルロットをコルネイユ侯爵邸に連れてきたことはあったが、エレオノールは「友人が来る」として使用人に説明していない。来るのがどこの令嬢か説明していないのだ。
ラルカンジュ公爵邸に行く際にいつもエライユ伯爵邸にシャルロットを迎えに行ったが、エライユ伯爵家とオクレール伯爵家が親戚関係にあることをただの御者が知っているとは思えない。よくも悪くも使用人たちがエレオノールに無関心なことが功を奏した。
いずれ、二人の関係性が知られる可能性はあるが、今すぐ公になるとは考えにくいだろう。もし、エレオノールがシャルロットと親しいということが継母たちに知られれば大変なことになるかもしれない。だから、そのことはエレオノールにとっていいことだっただろう。
王宮に入ったシャルロットの近況はアルベールが教えてくれた。
「シャルロット嬢は元気にしているよ」
最近は側室として積極的に活動をしているらしい。積極的にお茶会を開いて様々な人物と交流を深めたり、孤児院や病院への訪問も繰り返しているそうだ。
新しい側室の存在は概ね好意的に受け入れられていると、――最後に会ったときにアルベールが言っていた。
「皇太子殿下とも上手くやっていらっしゃるんでしょうか」
エレオノールが心配なのはその点だ。
いまだ、エレオノールはどうしてシャルロットがジスランの側室になったのかを知らない。
側室のお披露目が終わった後、アルベールが説明をしてくれようとしたがエレオノールが断った。直接、シャルロットに話を聞きたいと思ったのだ。
ジスランはエレオノールに冷たかった。かといって他の令嬢に興味を示す様子もない。そのせいか、長らくジスランは男性を好むのではないかと流言が出回った。それはリディアーヌを皇太子妃に迎えた事で一旦収まったが――エレオノールが思い出すのは夜会でのリディアーヌに対するジスランの態度だ。
エレオノールはずっとジスランとリディアーヌは愛し合っていると思っていた。しかし、あの晩見たリディアーヌへのジスランの冷たい視線は明らかに愛する妻に向けたものではない。世間では二人は親密な関係にあったと噂されている。リディアーヌも愛されているということを言っていた。
しかし、思い返せばジスラン自身はリディアーヌに対してどう思っているのかという事は話していない。婚約解消の際、彼はリディアーヌをどう思っているのかは何も言っていなかったのだ。
(もしかしたら、私は何か思い違いをしていたのではないのでしょうか)
エレオノールは自分自身の視点からしか物事が見えない。
シャルロットがいることでアルベールの別の一面を知れたように――もしかしたら、別の視点に立てば、一連のことが全く違う風に見えるのではないか。
そんな風にエレオノールは思い始めていた。
アルベールはエレオノールの言葉にどこか複雑そうな表情を浮かべた。
「……まあ、そのあたりは心配ないよ。それなりに仲良くしているみたいだから」
歯切れの悪い言い方だ。エレオノールは少しだけ不安に思いながらも、それ以上訊ねるのはやめておいた。
詳しい話はシャルロットに直接聞こう。それがいつになるか分からないが、そうしたいと思った。
彼女の声が聞きたい。彼女の笑顔が見たい。でも、それ以上に彼女が苦しい思いをしていなければいい。あの二ヶ月間の特訓が側室になった彼女の役に立っていることをエレオノールは心から願った。
エレオノールがアルベールに会ったのはその日――一週間前が最後になった。
それ以降も会う約束をしていたのだが、リディアーヌが離縁され戻って来ることになりコルネイユ侯爵邸は大忙しになった。そのため、エレオノールの外出も控えるように父から言われたのだ。
それ以来、エレオノールはずっと屋敷の中で過ごしている。
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