二章:伯爵令嬢は侯爵令嬢の真意を知る①


「アンタ、絶対馬鹿でしょ」


 ――領地に戻ることを取りやめ、しばらく王都に滞在する。


 理由と共にそのことを姉に伝えたところ、当然のことながら呆れられた。

 エリザベトの忠告を無視する形になったのだから、当然のことだろう。


「私でもそう思うけど……やっぱり放っておけないんだもの」


「それでアンタが結婚できなくなったら元も子もないでしょ! そもそも、婚期を逃しかけてるのよ。このまま結婚できなくなったらどうするつもり」


「その時は潔く、独身のまま領地でフェリクスの補佐に徹するか、修道院にでも入ります」


 結婚願望がないわけではないが、シャルロット自身、絶対に結婚したいとまでは思っていない。最悪結婚できなくても、それなりに幸せな暮らしは出来るだろうと楽観視している。


 それよりはあのまま、第三者の介入がなければ平行線をたどり続け、不幸な結果を招いてしまうかもしれない。

 そんな二人を放っておくほうが良くない。あの二人のことより自分のことを優先したら、きっとシャルロットはその事を後悔し続けながら生きることになるだろう。

 そっちの方がよっぽど不幸だ。


 シャルロットはエレオノール達の問題が片付くまでは王都に残る。

 参加予定の夜会は全て終わった。フェリシエンヌ達には探してみたが紹介出来そうな相手がいなかったと言われている。しばらく、シャルロットの縁談相手探しはお休みだ。

 エレオノール達と会う以外はフェリシエンヌ達とお茶会をしたり、王都の観光を楽しもうと思っている。


 エリザベトは溜息を吐いた。


「アンタの性格は父様譲りだからね。私が言っても聞かないでしょう。好きにするといいわ」


「……ありがと、姉様」


 姉の小言は全て、シャルロットを思っての言葉だ。シャルロットもそのことは分かっている。でも、やっぱり何を言われても、シャルロットは彼女のことを放っておけない。


 あのお茶会の日、一人きりだった侯爵令嬢。

 皇太子との婚約解消は悲しいことだが、新しい婚約者は彼女を想ってくれる人だった。二人とも美男美女で、絵になるお似合いの二人だと思う。


 なのに、あの二人の想いは何か決定的にズレている。

 どう見てもアルベールはエレオノールを愛しているように見えるから、問題はエレオノールの方にあるのだと思う。


 いったい何があそこまで彼女を頑なにさせているのか。

 それを知るためにも、シャルロットはエレオノールのことを知らないといけない。そのためにシャルロットは三人で会うことに決めたのだから。



 ✧



 その日もシャルロットはラルカンジュ公爵邸へ訪問することになっていた。もちろん、エレオノールとアルベールに会うためだ。


 ラルカンジュ公爵邸へ行くのは完全なシャルロットの私用だ。夜会やお茶会に出席するときのようにエライユ伯爵家の馬車を頻繁に借りるのは申し訳ない。

 そのため、シャルロットは毎回エレオノールに迎えに来てもらい、一緒の馬車で公爵邸へ向かうようになっていた。


「エリー様。先日お借りした小説お返ししますね。面白かったです。ありがとうございます」


 何度か訪問するうちにすっかりシャルロットはエレオノールと仲良くなった。

 最初はお互いに「シャルロット様」「エレオノール様」と呼んでいたのも、シャルロットの提案で愛称で呼びあうことにした。


 エレオノールの趣味が読書――特に恋愛小説を読むのが好きというのを知り、彼女から本を借りるようにもなった。オクレールの領地ではこういった若い女性向けの娯楽小説は出回っていない。シャルロットは新鮮な気持ちで本を読んだ。


 先日、エレオノールが貸してくれたのは最近巷で人気だという恋愛小説二冊だ。

 片方は王女と隣国の王子の甘いラブストーリー、もう片方は令嬢と騎士が事件に巻き込まれるハラハラするストーリーだ。シャルロットの好みが分からないからと、エレオノールは二つの系統の本を貸してくれた。


「シャーリィ様はどちらがお好みでしたか?」


「そうですね、どちらも面白かったですよ。ただ、強いてあげるなら令嬢と騎士のお話の方ですね。ハラハラする展開で続きが気になりました」


 演劇を見るときも男女の恋物語より冒険や英雄譚を好むシャルロットとしては、読み物としても危険に巻き込まれてしまうという話の方がワクワクしてしまう。

 思ったことを素直に伝えると、エレオノールは一瞬黙り込んだ。


 ――気に障る答えだっただろうか。


 おそらく、エレオノールの好みは前者だ。ロマンチックな侯爵令嬢は甘い恋愛物語を好んでいるのは今までのやり取りで教えてもらっている。

 彼女の好みを否定したわけではないが、好みが一致しないことを否定的に感じる人はいる。もしかしたら気分を害してしまったのかもしれない。


 フォローする言葉を考えていると、先にエレオノールが遠慮がちに訊ねてきた。


「お相手役は王子様と騎士、どちらがお好きですか?」


(ああ、そっちね)


 エレオノールの質問にシャルロットは苦笑する。


 二つの小説に出てきたヒーロー役は全く違うタイプをしていた。

 隣国の王子は主人公に甘い言葉を囁いてくれる優しい包容力のある人物だった。一方の騎士は少し粗野なところもある、快活で行動的な人物だった。

 おそらく、エレオノールの望む答えは「王子の方が好み」というものだろう。――あの王子はなんとなくアルベールを彷彿とさせる。


 シャルロットは素直な感想を伝えた。


「どちらかというと騎士の方ですね。ああいう明るい元気な方っていいですよね」


 ここ一ヶ月ほど、三人で過ごすようになって確信した。

 エレオノールはアルベールとシャルロットはお似合いだと信じているが――そもそも、アルベールはシャルロットのタイプではない。


 素敵な人だとは思うが、全く心動かされることはないのだ。エレオノールのことを除いても、シャルロットがアルベールに恋をすることはないだろう。


 シャルロットがアルベールと会うことを了承したのは、エレオノールの考えが正しくないことを証明するためだ。交流を深めても、お互いのことをよく知っても、アルベールとシャルロットが恋に落ちることはない。エレオノールでもその様子を目の前で見せられれば、諦めてくれるのではないかとそう思ったのだ。

 実際、シャルロットがアルベールを異性として好きになっていないのと同じように、アルベールもシャルロットにまったく興味を持っていない様子だった。


 エレオノールがどれほど期待しても、彼女が望むような展開にはならない。――そろそろ、エレオノールもそのことに気づき始めているのかもしれない。


 当初、エレオノールは二人の仲を取り持とうとした。しかし、どれだけ彼女が頑張ってもまるで効果はなかった。

 特にアルベールがシャルロットに眼中がないのである。


 基本的に彼からシャルロットに話しかけるどころか、視線さえろくに向けてこない。シャルロットとしては何も気にならないが、エレオノールはまるでアルベールがシャルロットに関心を持たないことに困惑している姿はもう見慣れてきた。


 最近ではさすがに意味がないことを理解し始めたのか、エレオノールも愛のキューピットのような振舞いをすることはなくなってきている。


「そうですか」


 シャルロットの言葉にエレオノールは悲しそうに俯く。


 彼女を傷つけてしまったことに罪悪感を抱くが、シャルロットは自分の発言に後悔はしていない。

 嘘をつくのは簡単だ。エレオノールの望む答えを口にすることはシャルロットにだって出来る。

 しかし、それは彼女のためにならない。シャルロットは表面的にエレオノールを喜ばせるために彼女に会っているのではないのだ。


(あとは、どこに問題があるのかを知らないといけないわ)


 シャルロットとアルベールが惹かれないことにエレオノールが気づいて、それで問題が解決するわけではない。

 このままではまた、エレオノールは別の令嬢をアルベールの婚約者に据えようとしかねない。根本的な解決にはならないのだ。


(どうしたら、あの人の言葉がエリー様に届くようになるだろう)


 エレオノールが素直にアルベールの言葉を受け取れるようになれば、きっと全てが解決する。

 でも、そのために何が足りないのか、何が必要なのか、シャルロットにはまだ分からない。どうしたら、シャルロットの言葉が本当の意味でエレオノールに届くようになるのか。


 ずっと、シャルロットはそのことを考えている。

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