一章:公爵子息と伯爵令嬢は運命的な出会いを果たす……?②


 二人は公爵邸の応接間に通される。


 中央に丸いテーブルと椅子が置かれた部屋だ。備え付けられている家具はすべて一級品で、壁には有名画家の絵画も飾れている。奥には大きな掃き出し窓があり、庭が一望できた。


 応接間にはすでにアルベールの姿があった。


「お坊ちゃま。エレオノール様がいらっしゃいました」


 執事の言葉に、庭先を見ていた彼がこちらを振り向く。

 ――そして。


「……本当に連れてきたんだな」


 こちらを見るなり、沈痛な面持ちで額を押さえた。

 その反応にエレオノールは首を傾げた。


(どうしてでしょう。想像していた反応と違いますわ)


 シャルロットを一目見てきっと彼女を気に入ってくれる――なんてことはさすがに虫の良すぎる想像だろう。だが、紳士的なアルベールは来客シャルロットを歓迎してくれると思っていた。

 なのに、実際のアルベールはどこか厭うような雰囲気を出しているのはなぜだろうか。

 エレオノールは不思議に思いながら、シャルロットを紹介をしようとする。


「アルベール様、こちらの方は」


「紹介は後でいいよ。エリー、先に席にかけるといい。君もね」


 丸テーブルには既に三人分のティーカップとお菓子の用意が出来ていた。


 エレオノールとシャルロットは言われるがまま、一度席につく。アルベールも椅子に腰かけた。

 ラルカンジュ公爵邸でいつも出されるのは最高級品の茶葉だ。それを手慣れた様子で執事が淹れてくれる。

 三人の前に淹れたての紅茶が置かれる。

 シャルロットはどこか落ち着かない様子ながらも、執事に「ありがとうございます」とお礼を言う。


「さて」


 執事が退出し終えると、アルベールが口を開いた。

 その表情は妙に疲れたものだ。


「本当は聞きたくないんだが、……エリー、そちらのご令嬢は誰なのかな?」


「シャルロット様ですわ!」


 笑顔でそう答えてからエレオノールははっと気づく。


 早く紹介したいという気持ちが先走って勢いで答えてしまったが、今の紹介の仕方はあまりに礼節を欠いている。

 親しい相手アルベールが相手だからとしても、訂正が必要だろう。


 エレオノールは改めて、シャルロットを指し示す。


「オクレール伯爵家のシャルロット様です。元々伯爵領で生活されていたそうなんですか、社交界デビューのために王都にいらっしゃったそうなんです。御年齢は十七歳。とっても可愛らしい方でしょう」


 アルベールはシャルロットを見る。

 視線を向けられたシャルロットは「はじめまして、シャルロットです」と答える。


「シャルロット様も、こちらがわたくしの婚約者のラルカンジュ公爵家のアルベール様です。御年齢は二十四歳。今は王宮で官僚として働いていらっしゃいます」


 紹介されたアルベールは「はじめまして」とシャルロットに挨拶をする。

 しかし、普段の彼からは想像がつかないほど素っ気ない挨拶だ。


 エレオノールは首を傾げる。

 アルベールは溜息を吐き、口を開いた。


「なるほど。彼女がヴァロワ侯爵夫人のお茶会で見つけてきた、私の新しい縁談相手なんだね」

 

 その言葉にエレオノールは驚いた。

 シャルロットも軽く目を見開いている。


「何故お分かりになりましたの?」


「いや、何故って……『今度ヴァロワ侯爵夫人に誘われたお茶会でアルベール様とお似合いのご令嬢を探してきてみせます』って宣言していったのはエリーだろう。その後に『紹介したい人がいる』って言われたら誰でも分かると思うよ」

 

 アルベールは再び額を押さえる。――その表情に悲壮感を感じるのは気のせいだろうか。


 言われてエレオノールは記憶を辿る。


(ヴァロワ侯爵夫人のお茶会に出席することはお伝えしましたが、そういえば、事前にお話ししていたような気もしますわね)


 そのあたりのことは、シャルロットに出会えた喜びでそのことをすっかり忘れてしまっていた。


 ――しかし、これは逆にチャンスではないだろうか。


 そこで、エレオノールは気持ちを切り替える。

 アルベールがその話を覚えていたのであれば、話がスムーズに進められる。


 エレオノールは笑みを浮かべる。


「ええ、そうなんです。今日はアルベール様にシャルロット様をご紹介したくてお連れしましたのよ。シャルロット様はお茶会でわたくしに声をかけてきてくださったんです。とっても優しい方で、アルベール様ともお似合いだと思いますの。いかがで」


「――あの!」


 突然会話を遮られ、エレオノールは瞬きをする。


 声をあげたのは――勢いよく立ち上がったシャルロットだ。

 アルベールの視線が彼女に向き、少し遅れてエレオノールもシャルロットを見た。

 彼女は真剣な表情を浮かべていた。


「エレオノール様には申し訳ないんですけど、私そういうつもりでここに来たわけじゃないんです。アルベール様と結婚しようとか、これっぽっちも思っていません」

 

 彼女がこの話に乗り気ではないことをエレオノールは知っている。

 だからこの発言は当然のものだが、まさかこうもはっきり宣言されるとは思っていなかった。


 シャルロットはアルベールを真正面から見据える。


「エレオノール様は私の方がアルベール様の結婚相手に相応しいと思っていらっしゃるみたいですけど、私にはそんな風には思えません。エレオノール様も素敵な方だと思います。こんな教養のある方、私はじめてお会いしました。エレオノール様は、……その、一度婚約解消された身であることは引け目に感じてらっしゃるようですが、そんなの関係ないじゃないですか。大事なのは今後、お二人がどういう風に関係を築いていくかだと思うんです」


 シャルロットの言葉にどんどん熱が入る。


「だから、もっとお二人で話し合うのが大事ではないでしょうか。私はそのことを伝えたくて、今日ここまで来たんです。もし、お二人だけでお話しするより第三者がいた方が良ければ、――もちろん、お二人がよろしければですが――お節介かもしれませんが私が同席してもいいです。とにかく、エレオノール様は一度、アルベール様と腹を割ってお話しするべきだと思います。アルベール様も本当に思っていることをエレオノール様に伝えていただけないでしょうか」


 そこまで一気に早口で言い切ると、シャルロットは「失礼しました」と沈むように着席した。

 しばらく応接間に沈黙が流れる。


 ――その沈黙を破ったのは、エレオノールだ。


「聞きましたか、アルベール様!」


 エレオノールの目は輝いていた。

 両手を組み、感動をそのまま訴えるようにアルベールに話しかける。


「私たちのことをここまで気遣ってくださって、シャルロット様は本当に素晴らしい方だと思いませんか」


「……ああ、うん。そうだね。エリーがこの程度の説得で聞く耳を持ってくれるようになるなんて、一瞬でも期待した私が間違いだった」

 

 一方のアルベールの目は虚ろだ。

 アルベールは深く溜め息を吐く。それから、はじめてシャルロットをしっかりと見据えた。


「オクレール伯爵令嬢。エリーにどういった説明をされたかは――なんとなく想像はつくが、彼女の言う事を信じないでくれないか?」


「それは、どういうことですか?」


 シャルロットの問いにアルベールは答えない。

 代わりにアルベールは隣に座るエレオノールの名を呼ぶ。


「エリー」


「はい、なんでしょうか」


 アルベールは自身に顔を向けたエレオノールの髪を一束掬う。そして、そのまま口づけを落とした。


「――っ!!」


 突然の行動にシャルロットは声にならない悲鳴をあげる。その顔は真っ赤だ。

 一方のエレオノールはきょとんとした表情を浮かべる。

 アルベールはエレオノールの手を握る。


「私は今までエリーに一度たりとも嘘偽りを告げたことはない。今まで君に語った全てが私の本心だ」


 アルベールがエレオノールに向ける視線は、熱い。


「エリー、愛してる。私が結婚したいのはこの世でただ一人、君だけだ。私のことを想ってくれるのであれば私と結婚してほしい」


 アルベールはこれ以上なく真剣な表情だ。シャルロットはエレオノールたちから目を逸らす。

 エレオノールはアルベールを見つめる。

 それから困ったような笑みを浮かべ。


「アルベール様。シャルロット様の前だからってそういうことをおっしゃらなくていいんですのよ。そういうお言葉は、全て私を傷つけないためのものなのでしょう? 私、分かってますから」


 迷いなく、言い切った。


 シャルロットは少し驚いているようだが、――彼がこの手の愛の言葉をエレオノールに告げるのは何も今日がはじめてではない。

 婚約を交わした日から何回も、いや何十回も彼は『愛してる』という言葉をエレオノールに伝えてくれる。


 ――でも、エレオノールは知っている。


 彼は愛の言葉を伝えてくれるのは、エレオノールは前の婚約者に甘い言葉を投げかけられたことがないからだ。

 婚約者との関係にエレオノールが悩んでいたことを彼は知っている。だから、こうして婚約を結んでからはエレオノールが望む婚約者として振舞ってくれているのだ。


「……やっぱりか」


 アルベールは力なく項垂れた。

 シャルロットはアルベールとエレオノールを交互にを見つめる。彼女の表情が引きつる。


「ええと、これはつまり」


 アルベールは顔を上げる。


「私は何度もエリーに愛の言葉を告げている。だが、エリーはまったく私の言葉を信じてくれないんだよ」


 そう告げるアルベールの表情も声音も、なぜか疲弊しきったものだった。 

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