49.進捗は菓子程甘くない

 副官カミルが、仕掛けられた罠で敵と戦っている頃……上司ルードルフは困り果てていた。


「ほら、口を開けて」


「ですが……もごっ、う……」


 反論しようとして、開いた口にお菓子が突っ込まれる。アンネリースは容赦しなかった。隙間に突っ込んだ菓子が口の中に消える前に、次の菓子を差し込む。逃げ場もなく、大人しく座ったままのルードルフは無言で食べ続けた。


 一緒にお茶を飲もうと誘われ、庭の花を前に腰掛けた彼女の斜め後ろに立ったのが原因だ。護衛ではなく夫として付き合えと叱られた。寡黙なルードルフが口で勝てる筈はなく、あっという間に現在の状況となる。


 仲のいい婚約者が行う「あーん」をしたいと強請られ、拒む前に口に押し込まれた。口がふさがるので食べると、次が待っている。甘い菓子、しょっぱい菓子、交互に食べていくルードルフに、さっとお茶が差し出された。


 叱られた時にアンネリースの足元に座ったため、有難くその姿勢で頂く。どう見ても夫ではなく、飼い犬だった。


 少し離れた廊下を通りかかったウルリヒは、ぶふっと噴き出して蹲る。歩み寄るアンネリースの努力が、ことごとく失敗に終わった。その要因は、ルードルフの性格だろう。だが彼の性格や人柄を気に入って夫に望むのがアンネリースである以上、現状が改善されるのはまだ先のことだ。


 大笑いしたいのに声を殺したせいで、腹筋が痛くて動けない。ウルリヒが膝をついて口を押える姿は、毒でも盛られたように見えた。見慣れているゼノ達は、ウルリヒに幻想を抱かない。故にいつものことと無視して放置された。


 外見の良さだけで言い寄られるのは、平和な国の宮廷のみ。戦場に身を置くスマラグドスは、女性達も逞しかった。最も生き残る確率の高い男がモテるのである。恋愛対象は、一緒に老いる強さを持つ者だった。


 その意味で、一番人気のルードルフは忠犬として主君にべったりだ。現在留守にするカミルが二番手から繰り上がりなのだが、残念ながら今は留守だった。


 床を這うウルリヒが、ようやく二人の姿が目に入らない位置まで移動する。顔を上げた先に、数人の傭兵が鍛錬をしていた。スマラグドスの戦士として傭兵業に参加することは、一族の誉れだ。まだ未熟な者は戦場へ連れて行ってもらえず、放牧しながら鍛錬に励む。


 他国なら兵士長になれる実力があっても、スマラグドスではひよっこ扱いだった。弓、剣、槍などの武器の扱いはもちろん、乗馬の技術も磨かなくてはならない。歩くより馬に跨る方が早いと揶揄される一族は、強さに関して貪欲だった。


「ウルリヒ様、手紙が届いておりました」


 ゼノの一人にそう告げられ、まだ痛む腹筋を撫でながら執務室へ引き上げる。あの後どうなったのか気になるが、うっかり見に行って立てないほど腹筋を酷使したら。数日は事務仕事すら辛いだろう。好奇心と天秤にかけ、手紙が待っていると自らに言い聞かせて背を向けた。


 届けられたのは白い封筒だ。開いた手紙の中身を、小声でわざと読み上げる。天井裏の気配の主が、一言一句間違いなく聞き取れるように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る