48.囮にされたと知るはずもなく

 頼まれたのは簡単な仕事だった。ただ距離があり、出向くのが面倒なだけだ。ウルリヒから命じられた通り、渡された手紙を届けた。このあとは自由時間だ。一週間は自由にして構わないと聞いたので、のんびりと寛ぐつもりだった。


 どうして邪魔は嫌なタイミングで入るのか。なぜ敵はそのタイミングを見計らうことが可能なのか。世の不条理に唸りながら、カミルは愛用の剣を抜き放った。


 囲まれている。数は八人、見えているのは四人だった。半数は隠れた状態で、こちらを窺っているらしい。


 スマラグドスの傭兵にも、生まれた地域や育ちによって違う特性がある。圧倒的な腕力と剣技を誇るのが、長であるルードルフだ。彼はカリスマ性もあり、戦士を高揚させるのがうまい。


 カミルは違うタイプだった。狩りや放牧した羊を襲う狼を追う仕事をしてきたため、索敵や状況判断能力が長けている。その能力を活かし、今のボスの役にたつ立場を手に入れた。暗闇に潜む狼の数を探るように、敵の位置が感じ取れる。


 一人を襲うのに、八人は奮発し過ぎだろ。まあ、スマラグドスの副官を襲うと考えれば、足りないが。自分でも自意識過剰かと苦笑いが浮かんだ。己を鼓舞して緊張感を高めないと、あっさり殺されでもしたらボスに何を言われるか。


 殺された先の心配までしてしまう。ボスはもちろん、ウルリヒも「使えない人ですね」と吐き捨てそうだ。嫌味なくらい整った顔で、吐き気がするほど丁寧な口調で貶められる。背筋がぞくっとした。絶対にごめんだ。


 ぶるりと身震いし、口元に浮かんだ笑みをそのままに剣を構えた。愛用の剣は二本、左利きのため左手に持つ方が長い。防御は右手の担当で、やや短く作らせた。剣先を交差させる形に構え、前後左右の敵に備える。


「来ないならこちらから行く」


 低い声で宣言した直後、地を蹴った。先手必勝、こちらは多勢に無勢なのだから、攻撃されてからでは不利になる。相手の作戦を乱すよう、足を止めずに攻撃を仕掛けた。


 正面の男の腹を切り裂く。攻撃を右で流して、左の剣を払った。貫いて抜けば致命傷を与えられるが、その間に後ろから攻撃されたら為す術がない。致命傷でなくとも、すぐ動けないよう敵を傷つけるだけでいい。


 一対多数の戦いにおいて、スマラグドスの傭兵ほど長けた民族はいないだろう。常に「同族以外は敵」の戦場に身を置いてきた。誰もが単独の弱さを自覚し、一人でも切り抜けられる戦い方を身につける。訓練で徹底的に弱点を潰し、対処できる戦士しか戦場に立つことが許されなかった。


 その部族の長を補佐する男が、弱いはずはない。二人目の太腿を切り、三人目の肩を狙う。が外れて、首を裂いた。倒れる男に、黒服が一人駆け寄る。その甘さに「けっ」と吐き捨てて、背中をざっくり斜めに切った。


 仲間が目の前で殺されようと、敵が生きているのに背を向けるバカがいるか? 口角を持ち上げたカミルは、派手に浴びた返り血で赤く染まっていた。


「スマラグドスの副官に、たった八人で挑んだことを後悔するがいいさ」


 威嚇も込めて、そう言い放った。

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