43.将軍に罰を与えてはいかがか

 女王アンネリースは拗ねて口を開かず、ルードルフはぽつぽつと時系列通りに語った。そこへ乳母のゲルダが時折、補足を挟む。おおよその事実を把握し、ウルリヒは緩みそうな口元を手で隠した。


 この二人をくっつけようと考えた、以前の自分に褒美を与えたいくらいだ。退屈と無縁なばかりか、こんなに先の読めない夫婦がいるだろうか。アンネリースは肉を控えめにした薄焼きパンを口に詰め込む。


 しょんぼり肩を落としたルードルフは、ちらちらと彼女の様子を覗った。叱られた犬のようで、なんとも哀れを誘う。と同時に、ウルリヒの笑いも誘った。


「陛下、こうしてはいかがでしょう。将軍ルードルフに罰を与えるのです」


「罰?」


「ええ、女性に恥をかかせるに等しい行為でした。なので、毎日一緒のベッドに入ること。その際に抱き上げて運ぶことを義務付けてはいかがかと」


 滑らかに回る口先と頭の良さ、性格の悪さで皇帝になった男だ。アンネリースは真意を探るように、胡散臭い作り笑顔の宰相を見つめた。騙されそうな気がするわ。その姿勢は、女王として正しい。だが、まだまだ経験不足だった。


 ウルリヒの裏を見抜くには、正直すぎるのだ。真っ直ぐに疑っていますと示したら、裏に隠し事がある宰相は誤魔化す。目の前の男の本質が理解できない彼女は、ルードルフへ視線を向けた。


 飼い主に構ってもらえると思った犬は、全力で尻尾を振ってアピールする。


「罰を受ける。俺はアリス様に恥をかかせる気はなかった。だが女性の誘いを断るなど、確かに無礼な話だ。罰を与えてくれ」


 他国の軍人が聞いたら、白目を剥いて倒れそうな発言だった。最強の名を欲しいままにする傭兵集団で、長を務める勇猛果敢な男が……妻の尻に敷かれている。被虐趣味があるのでは? と疑われる態度だ。


 ウルリヒは「ぶふっ」と変な声を漏らし、慌てて取り繕った。


「失礼、食べ物が喉に詰まったようです」


 咳き込んで、嘘を真実のように振る舞う。アンネリースは悩みながら、目の前の忠犬に声をかけた。


「本当に罰が欲しいの? ちゃんと守れるかしら」


「守れるぞ! アリス様を抱き上げてベッドに運び、同じ毛布に包まって眠る。約束だ」


 スマラグドスは約束を重要視する。事実上の契約と同じだった。ウルリヒは口を挟まず、やや甘いお茶を飲む。荒地では砂糖が高級品であるため、甘いお茶は最高のもてなしだ。


 当主夫妻へ敬意を示す一族は、当然のように甘いお茶を用意した。山羊の乳が入った香ばしいお茶だ。ごくりと飲み、息を潜めて二人の反応を窺う。


「分かったわ、今回は罰を与えて許しましょう。でも同じことをまたしたら、この程度の罰では許さないわよ。ルド」


「承知した、アリス様の温情に感謝する」


 次はしないと言わないところが、ルードルフらしい。できるか自信がないのだろう。なぜ逆鱗に触れたのかも、よくわかっていなそうだ。教えるべきか、放っておく方がいいか。


 どちらにしろ、ルードルフはまだ何度か陛下を怒らせるだろう。その度に間に入り、取り持つのが私の役割だ。ウルリヒは人の悪い笑みを、傾けたカップで隠した。

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