31.妬み羨み根まで腐った

 セレスタイン国は広大な領土を持つが、半分は砂漠だった。砂漠化を免れた地域も、荒地の有り様で生産性は望めない。立派な山脈を背負うスマラグドスは雪解け水に恵まれ、その流れはスフェーン国と旧ジャスパー帝国領の間を通る。


 川は途中で曲がり、旧ムンパール王国へ流れ込んだ。濁らぬ真水の恩恵は隣に位置するにも関わらず、セレスタインに注がれない。これは陸地の高低差の問題であり、海に繋がるムンパール領に責はなかった。だが、それは公平な目で見た場合の話だ。


 自分達に流れるはずの川を捻じ曲げ、不当な手段で恵みを奪った。枯れた大地に生きるがゆえに、他者を羨む気持ちは強くなる。水さえあれば乾かずに済む。水が潤沢に使えれば、生活はもっと豊かだったはず。


 領土の隅を掠める川から、何とか水を引こうと水路を作った先祖もいた。しかし水はどうしても低い方を目指す。こればかりは人の力の及ばぬ領域であり、努力はすべて泡の如く弾けた。


「今こそ、過去の恨みを晴らすときぞ!」


 国王の呼びかけに、半数以上の国民が賛同した。周辺の領地の連中が水を不当に奪っている。だから奪い返せばいい。単純にそう考えた。その考えの基礎は、代々の王族の演説だ。自らの失政を責められぬよう、外部に敵を作ったのだ。豊かなムンパール王国、川の上流のスフェーン国、どちらも不満の目を逸らすのに最適だった。


 クレンゲル子爵が持ち帰った情報によれば、今後も川の恩恵は手に入らない。もっとも乾いて苦労してきた我が国が、ムンパールを支配する権利を持つのに。彼らはその利益と権利を横取りした。歪んだ認識は自己正当化により、さらにおかしな方向へ捻じ曲がる。


「スフェーンを滅ぼし、ムンパールを支配する!」


 ジャスパー帝国が存在していたなら、彼らはその不満を呑み込んだであろう。スマラグドスの最強傭兵団と戦う気はないし、圧倒的な軍事力と国力を誇る帝国に勝てない。だがその脅威は去った。スマラグドスは健在だが、今動けば、向かいの二カ国が味方になるはずだ。


 皮算用もいいところだった。彼らは利益になると確定すれば味方するだろうが、それまでは傍観の構えを崩さない。その見極めが甘かった。何より、ウルリヒやルードルフを軽く見積もったこと。彼らが主君と認めたアンネリースを、小娘と侮ったこと。


 強大な帝国が崩れ、大陸が戦国時代に入った認識がなかった。いくつもの国が滅び、新しく生まれ、吸収されて消える。生き残れるのは歴史ある古い国ではなく、臨機応変に対応できる国家なのだ。


 セレスタインは道を誤った。それを教えるのは、滅びを一度味わった若き女王陛下。彼女はすでに選んだ――誰よりも厳しい覚悟を決めた、一人の女傑の誕生が世界を塗り替えていく。









 報告を聞いた女王は、一言だけ哀れみを口にした。


「民が気の毒なこと」


 文と武を預かる二人は、ただ無言で目を伏せる。片方は口元に笑みを湛えて、もう一人はきつく引き結んだ。

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