30.率直に嘘をつかず味方にする
久しぶりに顔を合わせるアンネリースは、さらに美しくなっていた。真珠姫の美貌を謳われるのも納得だ。
「盛大な歓迎、痛みいる」
「おじ様、そんな他人行儀な言い方なさらないで」
用意した客間へ案内しながら、アンネリースはスフェーンの前国王となったエアハルトの手を取る。握り返す彼の皺だらけの手に頬を緩めた。この手がスフェーンの国民を守り、導いてきたのだ。これから彼以上に険しい道を歩くアンネリースにとって、エアハルトは先輩であり道標だった。
「コンスタンツェ様、こちらですわ」
「あら、素敵な庭が見えるのね」
同行した前王妃コンスタンツェは、名で呼ばれることを好む。女性は幾つになっても、年齢を感じさせる呼び名を嫌うらしい。アンネリースを可愛がる彼女も、今回は夫に同行していた。
「こちらの離れをお使いください」
夫婦なので、寝室は一つ。左右にそれぞれの部屋を設け、さらに居間もある。長期滞在の客を通す離れは、一通りの設備が整っていた。アンネリースに同行したのは、ルードルフと乳母のゲルダだ。
「こちらが我らの可愛い姫の夫か」
「お初にお目にかかる。スマラグドスの当主ルードルフだ」
エアハルトの言葉に、短い言葉で挨拶を返す。余計なことは言わぬようウルリヒに言われたのだが、注意しなくても大差なかっただろう。ルードルフは饒舌な方ではない。一礼する角度は深く、敬意を示していた。
「最強と名高い傭兵団の猛将殿だ。初対面でなくば、我が国が攻め滅ぼされておったか」
大声で笑い飛ばし、エアハルトは表情を引き締めた。
「アンネリース、新しい国を興したと聞く。覚悟は定まっているのか?」
「そうよ、まともな人生は送れないわ。猛将の妻として穏やかに暮らしたらどう?」
祖父母同然の二人の心配に、本音が滲む。一つの国を背負って立つことの重責は、辛い決断を迫られることを意味した。いざとなれば、肉を切らせる覚悟も必要だ。叶うなら、そんな険しい道を歩ませたくない。
客間のソファに座る二人の足元に、柔らかなクッションを置いたアンネリースは腰を下ろした。見上げる体勢で、二人に微笑みかける。
「私はお兄様の理想を、もっと完全な形で実現したい。これ以上、権力者の欲で傷つく人を見たくないの」
だから建国し、その国で大陸を制覇する。目先の欲で戦争を起こすような人達に、将来を左右されるのは御免だった。
「おじ様、コンスタンツェ様。私に協力してくださいませ。スフェーン国が隣国セレスタインに狙われていますわ」
セレスタインから呑み込む。そう宣言した。スフェーンが狙われるから助けるのではない。逆にセレスタインを吸収するために、スフェーンに囮役を頼みたい。スマラグドスの猛将ルードルフが、作戦案を説明した。
黙って聞いたあと、エアハルトは何度も質問を繰り返す。丁寧に答える二人に満足した様子で、妻コンスタンツェを振り返った。
「どう思う?」
「私は命運をあなたに任せました。思うようになさいませ」
信頼していると告げるコンスタンツェに、エアハルトは「悪いな」と呟く。正式な議場ではない部屋で、前国王夫妻の独断により、スフェーンは一つの運命を選んだ。
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