26.身内でも見極めが必要よ
四対三、逆転した多数決の結果を突きつけ、ウルリヒは穏やかに切り出した。
「一度国に戻り、協議してはいかがか」
口々に賛成して帰路につく彼らは気づいていないのだ。この会談をここで終わらせる意図に。この穏やかな声に潜ませた悪意に。このまま戻れば、無能者の烙印を押される三カ国の使者を見送った。
外交担当を名乗りながら、手玉に取られた事実すら認識しない。呆れ顔のザイフリート侯爵は、やれやれと首を横に振った。そそくさと引き上げる三人が消えた途端、侯爵は柔らかな笑みを浮かべる。外交はここで終わり、という意味だろう。
「お久しぶりにございます。アンネリース姫、今後は陛下とお呼びした方がよろしいでしょうか」
「久しぶりね。おじ様はお元気かしら。呼び方はお任せするわ」
かつての呼び方で、祖母の兄を呼ぶ。実際は祖父ほどの年齢差があるが、昔から「おじ様」と呼んできた。
スフェーン王国とは、敵対する理由も必要もない。アンネリースは好意的な姿勢で応じた。敬意を示す相手には友好を、敵意を示す者には策略を。ウルリヒは一歩下がって控える。
「スマラグドスのルードルフ様と婚姻なさると聞いております」
「ええ、この方が私の夫よ」
隠す必要はないため、アンネリースはあっさり肯定した。丁寧な挨拶をするザイフリート侯爵に、ルードルフはぎこちなくも礼儀を尽くした。
「皇帝陛下は退位されたようですが、ウルリヒ様は今後どの道を選ばれるのか。お伺いしたく存じます」
外交官として必要な情報を持ち帰ろうとする姿勢に、ウルリヒは好感を持ったらしい。アンネリースに返答の許可を求めた。頷く彼女に一礼し、新しい国の宰相として女王に尽くす旨を宣言する。
驚いた顔をしたものの、平然と受け入れるアンネリースを見て、ほわりと表情を和らげた。外交官の顔ではなく、自国に連なる姫の今後に安心した様子で。
「険しい道をお選びになるのですね。国王陛下はお力になってくださるでしょう。スフェーン王国は、女王陛下を裏切りません」
「そこまで……」
言ってもいいの? あなたの権限を超えるのではないかしら。心配するアンネリースの呟きに、ザイフリート侯爵は静かに事情を打ち明けた。
「実は、他国への対応次第では黙って帰るよう命じられておりました」
国王にとって、実妹の孫は自らの孫も同然。可愛い存在だ。しかし国主である以上、民や国を天秤にかけられない。それゆえの発言だった。
自らが国の頂点に立とうとするアンネリースにも、理解できる対応だ。黙って先を促した。スフェーン国王は、アンネリースの状況次第では切り捨てる覚悟をしている。ただの姫として、手元で幸せになってほしいと口にしたらしい。
国の頂点に立つ王の責務と苦しみを、可愛い孫に味合わせたくない。ザイフリート侯爵から告げられた本音は、心を揺らすことはなかった。もし、もっと早い段階で誘われていたら、揺らいだ。
覚悟が決まった今、兄の目指した治世を広めるために戦うことを選んだアンネリースは、顔を上げて真っ向から否定できる。
「私はこの大陸に平和をもたらしたいの。そう伝えてください」
協力してくれと言わずとも、察してくれるはず。アンネリースの実力を見て判断するでしょう。侯爵は見極めるように、ゆっくりと挨拶をして引き上げた。
「外交ってこんなに疲れるのね」
苦笑するアンネリースだが、次の外交は目前だった。
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