25.私達が一つだと誰が決めたの

 そんな案は到底承服しかねる。納得できない。我が国と戦を起こす所存か。身勝手な言葉を連ねる男達に、アンネリースは穏やかな声でぴしゃりと釘を刺した。


「あら、だって……この程度の使者を寄越したんですもの。この会談の内容を重視していないのでしょう?」


 言葉の裏に「だから私もあなた達を重視しない」と滲ませた。四カ国の内で、一番大きな領土を持つのはセレスタイン国だ。砂漠を有するため、生産性は低い。その点で秀でているのはアメシス王国である。豊かな農耕地が広がる平地は、大河の恵みに支えられていた。


 ルベリウス国の「聖王国」の名称は自分達が名乗っているだけで、周辺国は認めていない。女神パールを信仰するムンパールやジェイドとは違う。だがジャスパー帝国のオブシディアンの黒き男神も信仰しない、特殊な宗教が存在した。


 処女受胎した聖母の子を崇める聖教徒だ。唯一神の子リスカを宿した聖母を含めたルベリウスの信仰は、狂信的だった。異教徒をすべて排除する政策を取っている。故に別の宗教を持つ他国と衝突し、宗教戦争を何度も引き起こしてきた。


 女神信仰もオブシディアンも、多神教で他の神々の存在を否定しない。ただ崇める神を特定しているだけの話だった。ルベリウス国だけが他の神々を否定し、拒絶する。戦争にまで発展する理由がここにあった。だが、今回は領土拡大という利益のために協力体制を取るらしい。


 スフェーン国を除く三つの国は、互いの権利を主張し合う。その声を一刀両断したアンネリースに、非難の声や侮辱の言葉が飛んできた。


「女のくせに、なんという強欲な!」


「地獄に堕ちますぞ!!」


 女神パールの宗教に、地獄の概念はない。聖王国の発言に、ウルリヒが口元を押さえた。笑みを隠す所作だが、隠しきれていない。嘲笑うような視線で、使者マイヤーハイム子爵を見やる。女のくせにと発言したアメシス王国のシュタイナー伯爵は、顔を強張らせていた。


 男尊女卑の傾向が強いアメシス王国では当然の発言だが、ここは女王が支配する領域だ。頂点に立つアンネリースへの暴言を、猛将ルードルフが許すはずがなかった。睨みつける厳つい将軍の怒りを真正面から受け、シュタイナー伯爵は「いや、言葉のあやで」と誤魔化し始める。


「我が国はこれでも構いません」


 今まで黙っていたスフェーン王国のザイフリート侯爵は、穏やかに賛成を投じた。ウルリヒが修正した案では新領地は少し削られることになるが、川に沿って分かりやすい分配となる。その上、管理がしやすい利点もあった。量より質、今後の付き合いの先まで見通す判断だ。


「では、多数決で決めよう」


 セレスタイン国のクレンゲル子爵の発言に、ウルリヒがにやりと笑った。三対二で勝てると思っている。その愚かさを嘲笑いながら、彼は三カ国の使者が驚くような発言を口にした。


「構いません。ジャスパー帝国の代表は私が勤め、スマラグドスの長としてルードルフ殿に参加していただくとして」


「いやいや、滅びた国とただの一部族では」


 慌ててシュタイナー伯爵が修正を図る。が、外交手腕ではウルリヒの方が一枚上手だった。


「滅びた国ですか。私は解散を命じただけで、滅ぼしたつもりはありません。それと……スマラグドスも立派な国主ですよ」


 旧ムンパール国だったムンティア王国の領地を示し、隣接するスマラグドスに丸をして国だと表記する。地図の上のやり取りとはいえ、否定するための材料を使者達は持たなかった。

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