24.愚者に尽くす礼儀はない

 先に名乗った私は、使者達の出方を待った。若さゆえに下に見られ、女性であるため侮られる。ここに外見の整った元王女の肩書きが加われば、彼らは私を格下として扱うだろう。


 アンネリースは冷静にそう判断していた。最初から承知していれば、侮蔑の眼差しも気にならない。もし余計な発言を引き出せれば、アンネリースの思う壺だった。


 女王を名乗った以上、国と民を背負っている。新興国や小国だからと対応を誤れば、頭を下げるのは自国の王になるのだ。使者達がどこまで理解しているか。新しく建国したムンティア国と友好を結び、今後の繁栄に与れるか。ここですべて決まる。


「スフェーン王国で外交を任されましたザイフリート、ムンティア国の麗しき女王陛下にご挨拶申し上げます」


 机の上に視線を合わせての一礼は深かった。自らの爵位を口にせず、外交担当とだけ名乗る。上位者への敬意を感じさせる対応だ。目上の者へ直接視線を合わせるのは、無礼と考えるのが王侯貴族の慣習だった。そのため、初対面では目を伏せることが多い。


 ウルリヒは全く動かず、逆にルードルフは残る使者の顔をじっくり確認する。顔に大きな傷があり、強面の男が一人ずつ視線を合わせるのだ。睨まれたと思った使者が慌てた。


 ジャスパー帝国を支えたスマラグドスは、彼らもよく知っている。噂ではなく実戦の情報を聞き及んでいた。万が一にも自国へ矛先を向けられてはならない。そんな意図が見える慌てぶりで、口々に名乗った。


「アメシス王国、シュタイナー伯爵と申します」


「ルベリウス聖王国の子爵マイヤーハイムでございます」


「セレスタイン国、クレンゲル子爵です。お見知り置きを」


 名を聞きながら、アンネリースは笑みを絶やさない。ああ、この程度の外交官を送り込まれたのだ。相応の土産を持たせなくてはならないわ。彼らの上に立つ、本当の外交担当を引き摺り出すために。


「ウルリヒ、地図を」


 元皇帝の名を呼び捨て、アンネリースはしゃらりと髪飾りを揺らした。美しい銀髪を背に流し、耳より上に複雑な編み方を施した。侍女達の力作に、真珠が連なる髪飾りを付ける。小さな水晶を連ねた鎖の飾りを重ね、胸元は逆に何もつけない。


 兄の形見を耳に刺した。穴を開けると聞いて、乳母が卒倒したけれど。女性が耳飾りのために穴を開けるなど、滅多にないことだった。前例を破ったアンネリースは、これからも慣習や常識を打ち破る覚悟を見せたのだ。


 その意味を理解しない三人の使者は、眉根を寄せたり不快そうな表情を隠さなかった。用意された地図を広げ、ウルリヒは罠を仕掛ける。


「陛下、この分割案ですが見直しましょう。彼らの無礼を私は許せません」


「案を提示しなさい」


 命じる口調で返したアンネリースへ視線が集まる。ウルリヒは事前に決めた通りに記された地図に、ペンでさらさらと変更を加えた。三カ国の領土を大きく抉る形に直し、平然と問いかける。


「この程度が妥当かと」


 使者達の目の色が変わった。

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