23.外交という戦いが始まった
まるで悪魔の予言ね。用意された会場に集まった四カ国の代表を前に、アンネリースはゆったりと裾を捌いて座った。土地の形状を模した長いテーブルは、向かい合う二辺に四人の使者が着座している。残る椅子は一つ、頂点になる奥の席だけ。
返事すら怠った国々が、顔を揃えている。各国の使者の表情は硬かった。ウルリヒは何をしたのかしら。感情のままに表情を変化させれば、いらぬ誤解を生む。アンネリースは穏やかな笑みで隠しながら、集まった面々を眺めた。
どうやって集めたのか、尋ねたりはしない。ウルリヒが選んだ手段が何であれ、アンネリースには関係なかった。全員が予告通り顔を合わせたことに意味がある。
エスコートしたルードルフは、椅子の斜め後ろに控える。夫というより、従者の位置だった。今回の会談での様々な配置や小道具は、すべてウルリヒの手配だ。役者のように上手に演じれば、最低限の成果は手に入るだろう。
もちろん、それで満足したりしない。アンネリースは己の武器を誰より理解していた。外見と血筋は優れた若い小娘――利用すれば、使者から王を引きずり出せる。これは互いの実力を確認する前哨戦だった。
入室したウルリヒは、びくりと肩を揺らす使者達を見回し、軽く会釈して私の後ろに立つ。右側にルードルフ、左側にウルリヒ、この配置はミスリードを引き寄せる罠だった。上位と下位をそっくり入れ替えた立ち位置に、彼らが何を想像して国に持ち帰るか。
楽しみだわ、とアンネリースは笑みを深める。いつも兄を立てて、一歩下がって生きてきた。王になるお兄様の自尊心を守るため、出来ないフリをしてやり過ごす。それでもよかった。私の本当の能力を知る父は惜しんだし、母は遠慮せず好きにしなさいと許しをくれた。
それでも大好きな兄が王になる未来が見たかった。兄の治世を支える、役に立つ妹で構わない。だから分かりやすく「お姫様」の役を演じた。か弱く、殿方に守られなくては一人で立てない乙女の役を。誰より上手に、誰より幸せそうに。
大切な箱庭は壊れた。私の手に残ったのは、お兄様が守ろうとした民と敵であった二人。彼らを利用し、私は頂点を目指す。もう実力を隠す必要はなかった。私がこれ以上奪われないために、他のすべてを奪い尽くせばいい。
壊す必要はないの。ただ、この手に落ちてくるように仕向けるだけ。その技術を持つウルリヒと、実現させる武力を誇るルードルフを利用する。アンネリースは微笑んだまま、四人の使者へ切り出した。
「参加してくださって、ありがとう。私はムンティア王国の女王アンネリース。滅びゆく旧ジャスパー帝国領の分割について、各国の意見を聞きましょう」
聞くが叶えるとは言わない。外交はすでに始まっていた。先手を打ったアンネリースが有利な形だ。武力と権力を従えて、真珠姫は外交の戦場へ足を踏み出す。
ムンパール国とスマラグドスを合わせ、ジャスパー帝国の一部を呑み込んだ一帯を「ムンティア」と名付けた。建国したばかりの王国で、女王を名乗る。使者の反応は二つに分かれた。侮り画策するもの、表情を変えずに受け止めるもの。
さあ、化かし合いを始めましょうか。私はもう二度と、大切なものを奪われたりしないわ。
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