14.決意を乱す大いなる神託

 部屋にある酒を片っ端から開封し、次々と空にした。酔っ払い二人の明暗は、早朝に決した。というのも、顔色ひとつ変わらないルードルフの前で、ウルリヒは真っ赤な顔で眠っている。酔い潰れたのだ。


 人並み以上に飲めるウルリヒだが、ルードルフには勝てない。二日酔い確実の飲み方で倒れ、そのままひっくり返った。寝息ともイビキともつかない小さな呼吸音が響く部屋で、朝日にルードルフは目を細めた。


 ウルリヒの言いたいことは理解している。彼女は有名な美女で、誰もが欲しがる女性だ。圧倒的な権力や武力を持つ者が保護しなければ、悲惨な目に遭わされるだろう。実際、宮殿でも失礼な貴族がいた。あの男の最低な発言が、真珠姫へ向けられる悪意なら――俺はそこから彼女を守ろう。


 天涯孤独にしてしまったアンネリースの心身と名誉を、俺の持つすべての力で守り抜く。いつか彼女が心から好いた男と一緒になれるように。姫君の護衛につく騎士と同じく。この身を粉にして尽くすと決めた。


 遮蔽されない日差しが明るい部屋で、ルードルフは誓いを立てた。聞き届ける神がおらずとも、友の前で立てた誓いは有効だ。気持ちが前向きになり、頑張ろうと己を奮い立たせる。少し迷って、ウルリヒをベッドに寝かせた。


 部屋を出て、一族の女性に呼び止められる。貴族の館なら侍女だが、我が一族に使用人という考え方はなかった。家に女手が足りなければ、手伝いとして未亡人などを呼ぶ。家の仕事を頼み、代わりに彼女らの家の修理をしたり食料を渡した。ゼノと呼ぶ制度だ。


「族長様、ばぁばが呼んでおられましたよ」


「承知した、ありがとう」


 一族の男は大柄で、ほとんどが厳つい顔をしている。そのため頬に傷があり顎髭を蓄えた俺も、怖がられなかった。


 ばぁばは一族の巫女だ。ジャスパー帝国なら、聖女と呼ぶ役職だった。幼子のうちに見出され、家族ごと保護される。亡くなれば数年で生まれ変わり、記憶を受け継ぐ稀有な存在だった。なぜか女性にしか生まれ変わらない。正式な名称はシャリヤだった。


 入り口に呪いの布が掛かる扉をくぐり、声をかける。


「シャリヤ、俺だ」


「さっさとここに座りなさい。奥方様と寝屋を別にしたと聞いたが?」


「ああ、彼女が受け入れてくれるまで、待つつもりだ」


 何年でも、いや……そんな日は来ないか。顔を引き攣らせるように、自嘲の笑みを浮かべた。じっと見つめたシャリヤは、大きく細い息を吐いた。


「あたしが言わなくとも、すでに言われたようだ。説教は勘弁してあげるよ。あんたに関する神託が降りた」


 両手を組み合わせ祈りの形を整えるシャリヤに、きちっと膝を揃えて座ったルードルフが向き合う。真剣な眼差しのルードルフへ、老婆はもごもごと口の中で言葉を繰り返す。少しすると、ルードルフは驚きに目を見開いた。


 神託は老婆の口の中に宿り、向き合う対象者へ伝わる。言葉や声の形を取らず、心の中に光る宝石を置いていった。輝く神託を宿らせる。言葉を噛み締めるように、ルードルフは神託を繰り返した。


「真珠の導きに従い、大地を覆い尽くせ。我らの行く手に神の祝福あり……」


 真珠姫に導かれて国を興せ。一族の栄光は神の祝福と共にあるだろう。そう受け取り、ルードルフは震えながら老婆に頭を下げた。

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