13.葛藤しようが答えは出ている

 どうして姫と夫婦にならないのか。質問の意図は理解できるが、ルードルフは答えに詰まった。誰かのせいにする気はないのに、どう説明しても誰かが悪いように聞こえる。


 無駄に他者を傷つけるなら、何も言わずに俺が頭を下げればいい。そんなルードルフの心を察したように、ウルリヒは溜め息を吐いた。大きく長く吐く息が途切れると、悲しそうな顔をする。


「お前が一目惚れしたと聞き、やっと身を固めるならと手伝ったのに」


 眉尻を下げて、ちらちらと友人の表情を窺うウルリヒ。あー、うー、と唸ったルードルフは観念した。元々、こういった駆け引きは苦手だ。説明だって上手にできた試しがない。隠し事はさらに不得手だった。


「……俺が触れたら、汚れるだろ。壊れるかもしれん」


 ぼそぼそと、ようやくの想いで言葉を吐き出した。言葉にすると情けないが、本音に近いので訂正のしようがない。


 真珠姫と呼ばれるアンネリースは、まさに高嶺の花だった。手を伸ばしても届かない。手折るなど想像もしなかった。そんな姫が自分の妻として、一族の屋敷に逗留している。


「もう胸がいっぱいだ」


「はぁ……本当に純朴すぎて、俺は自分が穢れたゴミのような気がしてきたぞ」


 まだ妻帯していないが、ウルリヒは様々な方面で経験豊富だ。純朴すぎて初恋もまだだった友人に、肩を落とした。妻を娶らせる前に、すべきことがあったらしい。だが間違ったとは思わなかった。


 あの場で明言しなければ、誰かが手を伸ばしただろう。王女は貴族と結婚した方が幸せだと勝手に判断し、人の良いこの男は手を引いてしまう。己の欲を押し通せばいいのだ。戦場では簡単に選択して、最善を選ぶくせに。


 残念な男だと評するウルリヒの気持ちを知らず、ルードルフは俯いた。自分に自信はない。戦働きに関しては誇れるが、男としてはどうか。地位も名誉も追ったことがなく、財産が多いとも言えない。


 スマラグドスの土地は、一族で保有していた。領主といっても、管理人と同じ。彼はそう考える。だからアンネリースのように完璧な嫁を貰う資格はない。


 ましてや、ルードルフはムンパールの若き王を倒した。彼女から見た俺は、兄の仇なのだ。絶対に許されないと己を戒めていた。


 葛藤する友人の表情からある程度読み取った元皇帝は、にやりと笑う。その表情は、悪巧みを思い付いた子どものようだった。


「ルードルフが触れられないなら、俺がもらおう。幸い、妻が欲しかった……っ!」


 言い終わる前に、喉元に短剣が突きつけられる。両手を上げて抵抗しないと示しつつ、ウルリヒは笑みを深めた。殺されそうになっている側の笑顔に、嵌められたと気づいたルードルフは舌打ちする。苦虫を噛み潰した顔、とは正にこの状況に相応しいだろう。


「諦めて認めろ、惚れた女を全力で守り抜け。それが出来ない男を、俺は友人に選んだりしない」


「だが……」


 短剣を鞘に収めながら、ルードルフは唇を噛む。主君と仰いだ友人の首に、刃を食い込ませた時点で、答えは出ている。ウルリヒは、滲んだ血を見せつけるように指先で撫でた。


「命じたのは俺だ。そういうことにしておけ」


 皇帝の勅命を装った公爵家の策略だとしても、手を朱に染めた本人は苦しんだ。家族を奪われた姫も同様だ。ならば二人で、新しい未来を探せばいい。すべての罪は、いずれ俺が背負うのだから。


 不器用な友人が幸せになれるように。願いながら、部屋の壁にある酒瓶を開けた。

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