12.勇猛な将の不戦敗
帝都の屋敷を放棄してから五日ほど経過した。草原を抜けた先にある見事な屋敷で、アンネリースは穏やかな生活を堪能する。不思議なゴツゴツした形の都市は、壁に囲まれていた。その外側に、さらに大きな囲いがある。
すべての建物は二階がない。一階部分のみなので、階段が存在しなかった。城は大きな建造物だが、高さもあるのが普通だ。まったく異なる構造に、最初は驚いた。広い屋敷は中庭がいくつも存在し、圧迫感がない。
迷路のような広さと複雑さを持つ屋敷の奥で、彼女は乳母達と暮らしていた。大きく変わったのは衣装だ。腰を細く見せるために絞る下着を使わず、すとんとした民族衣装を渡された。胸の下で絞る形なので、足が長く見える。腹部や腰を圧迫しないため、立ったり座ったりが楽で、食事もできた。
数回着ると気に入ってしまい、昔のドレスに袖を通そうと思わない。それは侍女や乳母も同様だった。部屋着とも違う、ゆったりした感覚は心地よい。
食事は様々な食材が使われ、いくつかは食べたことがない果物や野菜が並んだ。ヤギの肉や乳も初めて提供され、その独特な味と匂いを楽しむ。柔らかなチーズに興味を示し、作り方を教わったりした。
あまりにも平和に過ぎる日常に、アンネリースは困惑を深める。蛮族に下賜された褒美扱いなのだから、そろそろ夫婦生活を含めた言動があるのでは? そう思うも、夜が訪れても夫は顔を見せない。
「姫様に失礼なのでは」
ぼやく乳母に苦笑した。これで夫になったルードルフが閨事を求めれば、無礼者と叱りつけそう。でも放置されていたら、私に対して失礼だと考えるのね。アンネリースは「もう寝ましょう」と声をかけて横になった。
小さな鈴のような虫の音が聞こえる。ここ数日で慣れてしまった音に耳を傾け、すぐに訪れた眠りの腕に身を預けた。乳母や侍女が休んだ夜中、こそりと顔を見せたのはルードルフだ。眠る姫の顔を見つめ、膝をついて見守る。月が傾き始めると、彼は身を起こして部屋を出た。
明るい月光が庭を照らす中、歩く彼は不機嫌に眉を寄せる。足を止めて左側を振り返った。
「誰だ」
「俺だ、何をしてきた?」
顔を見せたのは、友人ウルリヒだ。ジャスパー帝国の最後の皇帝であり、親友でもある。それでもルードルフの眉間の皺は消えなかった。
ここは愛しいアンネリースの寝所の近くだ。男性の立ち入りは禁じていた。問いかけるルードルフの視線に、ウルリヒは肩を竦める。仰々しい皇帝の姿より、スマラグドスの民族衣装がよく似合っていた。
「お前が毎日姫の元に通っては、何も成し遂げずに帰ってくると聞かされたら、心配するだろう」
誰から聞いたか、ウルリヒは明言しなかった。だがルードルフに心当たりは一人しかいない。副長のカミルだ。何も話していないのに、どうして手を出せないとバレたのか。
「お前、自覚がないみたいだが……全部顔に出てるぞ。付き合いが長い俺やカミルにはバレる」
肩をぽんと叩いたウルリヒに促され、ルードルフも歩き出した。月光が明るい分、影が強く濃く現れる。まるで彼らの心境を表すように。
無言で自室に戻ったルードルフの椅子に勝手に座り、ウルリヒは「それで?」と主語なく尋ねた。
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