11.巨大帝国は解体された

 なんと愚かなのか。広大な帝国の頂点に君臨するウルリヒが、手を打ってないわけはない。そう思わない輩が存在することが不思議だった。襲い掛かる貴族を切り捨てるのは、彼の片腕でもある勇猛な戦士だ。将軍ルードルフが、皇帝の元に残した護衛は三人いた。


 スマラグドス一族でも実力の確かな兄弟は、退屈そうな顔で敵を排除する。あまりに手応えが無さすぎた。これなら四方八方から槍や矢が飛んでくる戦場の方が、よほど楽しめる。戦闘を娯楽のように楽しむ三人は、皇帝ウルリヒを守りながら道を切り開く。


 後ろへ逃げる選択肢はなかった。前進あるのみ。圧倒的な戦力で、三兄弟は逆賊を成敗する。各貴族家から放たれた騎士や兵士は、宮殿内の床で呻いていた。後ろで青ざめているのは、けしかけた貴族達だ。臣下だった貴族を前に、皇帝ウルリヒはとんでもない宣言をした。


「ジャスパー帝国は、本日をもって解体する。要は滅亡と同じだ。皇帝である俺の宣言は有効であり、これによりお前達の爵位は消滅する。明日から頑張れよ」


 にやりと笑い、彼は三兄弟と共に馬に跨った。元から宮殿に重要なものは保管されていない。持ち出す物は少なかった。胸元に押し込んだ、皇帝の玉璽ぎょくじと、頭に載せたままの宝冠だけ。この二つがなければ、勝手にジャスパー帝国の皇帝を名乗ることは不可能だった。


 慌てる元貴族を尻目に、四頭の馬は街を走る。そのまま森へ入り、かつて打ち合わせた通りに草原へ出た。迎えるように戦場が広がる。人の背丈の三倍以上ある槍が用意され、その後ろに弓が待ち構えた。


 数十名の戦士達の間から、一人の若者が前に出た。黒い髪と瞳をもつ青年は、馬に手綱はおろか鞍もつけていない。裸馬を器用に操りながら、大きな頬傷を歪めて笑った。


「よくきた! やはり裏切られただろ」


「わかっていても気分が悪い。しばらく世話になるぞ」


 ウルリヒは肩を竦めて距離を詰めた。鋭い槍は向けられず、矢が彼を射抜く心配もなかった。万が一、ウルリヒが追われていた場合の備えだ。だが叛逆者側は、彼に追っ手をかける余裕はないらしい。ちらりと後ろを確認し、進み出た頬傷の男と馬の鼻を並べた。


「うちの息子どもは役に立ったか」


「ああ、凄腕だな。見事で不安を抱く暇もない。ルードルフや真珠姫は戻っているか?」


 皇帝の護衛を勤めた三兄弟の父は、当然だと笑った。左頬を大きく抉る傷のせいで、恐ろしい形相を作り出す。見慣れた友人と雑談を交わしながら、巨大帝国の元皇帝は草原の先へ消えた。


 残された者がどう名乗ろうと、正当な皇帝は存在しない。圧倒的な軍事力を誇るジャスパー帝国の歴史は、ここで幕を閉じた。帝都にあった将軍の屋敷を襲った公爵が、勝手に皇帝を名乗ろうと……国は滅亡したのだ。


 民が何も知らぬまま国は失われ、庇護者を失った。ジャスパー帝国最後の皇帝ウルリヒの宣言は、手配された商人達によって他国へ広まる。戦乱の世が始まる合図として。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る