第25話 絶望

数時間前。


「ねえレッズ様~

いつこのエルフィアに

永住されるんですか?」


「家を構えるならこの中央集落がいいですよ」


「そうだな~まあ家を建てるなら

ここにしようかな」


「え~本当ですか?

もしそのときはぜひ私の家に遊びに

いらしてください」


「何言ってるのよ! あたしの家よ!」


柔らかなクッションと甘い香り。

薄暗い部屋に灯るライト。


そして、両手に絶世のエルフの美女たち。


そんなレッズの元にギルドの部下が歩み寄る。


「報告です。C地点、D地点にて

任務が完了しました」


「そうか」


その報告にレッズは立ち上がる。


「あら? どうされたの? レッズ様」


「もう帰られるんですか?」


「ああそうだな。帰る」


「そうなんですね……あっという間でした」


そう悲しそうに呟いたエルフの女に、

レッズは顔を近づける。


「それなら、俺と帰るか?」


「……それって」


顔を赤らめながら甘い声を

出したエルフの女だったが。


直後、


数人の男たちが部屋に入って来る。


「え?」

「何ですか? この人たちは」


「部下だ。今からお前たちを捕らえるためのな」


そうレッズが言った直後、数人の男たちが

エルフの女たちに飛びかかる。


「いや!!! やめてください!」

「離して!!」


嫌がるエルフたちに男たちは

鉄の首輪をつけていく。


「わ、私たちをどうするんですか!?」

「助けてください! レッズ様!」


エルフが必死にレッズに助けを求める。

そんな彼女たちをレッズは嘲笑しながら

こう告げた。


「助けるわけないだろ。

お前らは今から奴隷として売り飛ばすんだから」


その言葉にエルフたちが絶望する。


「いやあああ! 誰か!!!!

助けて!!」


「叫んでも無駄だ。

外にいる男たちは皆殺しにしたからな。

俺たちが追い出したから、俺ら以外の

冒険者もほとんどいない。

ほら、服を脱げ。

そして、外に出ろ」


―――――――――――――――――――――――


急速にエルフィアの信頼を得る

烈風のレッズギルドを、ジャックは訝しんでいた。


ただ、エルフィアで冒険者活動を

しやすくするためだと思っていたが。


まさか、そいつらが奴隷狩りをするなんて。


部下から報告を受けたのは20分ほど前。

「エルフィアの南東の集落が

冒険者たちに襲われています!

他にも北西、北、東! あらゆる箇所で

冒険者たちの不穏な動きが

目立っていると報告が!」


「な、なんだと!?」


「はい! しかも、それが烈風の

レッズギルドに所属する

冒険者たちだと目撃情報がありまして」


「直ぐに向かう!」


それからがむしゃらに

駆けた。


15年前の記憶が脳裏に過る。


あの日も、こんな感じだった。

家を出る前、いつものように

娘がジャックに朝食を作る。


6歳になってから、いつの間にか

娘が朝食を作るようになった。

世話役の人に教わったのだろう。


「あ、あの……ごはん食べますか?」


不気味だった。何で自分にご飯を作るのか。


こちらはお前をいなければ

いい奴としか思っていないのに。


最初は口をつけなかった。


しかし、ある朝、とてつもなく

腹がすいていた日があった。


だから、食べたのだ。

それ以外に意味はなかった。

特に感想も述べず、ただ口に含んだ。


それなのに、娘はすごく嬉しそうな顔をした。


それ以来、毎日のように

朝ご飯を食べるかと聞いてくるのだ。


だから、毎日聞いてくるな!

鬱陶しいと怒鳴った。


そのときの娘の泣きそうな顔が

今でも夢に出てくる。


その夜、家に帰ると世話役に叱られた。


「娘さんは貴方に少しでも喜んでもらおうと

頑張ってたんです! あの子の手を見ました!?

あの子は皮膚が弱いのに、毎日朝食を作って、

いつも手の肌が荒れて!

少しでも貴方に好かれようとしてたんですよ!」


「なんで俺に好かれようとするんだ」


「貴方が父親だからです!」


「……父親」


その言葉が今いちピンとこない。

父親とはなんだ。

自分にはいたことがない。


それにあの娘は自分のことを

父親と呼んだこともない。


全く、あの子どもを娘だと思えない。

その辺にいるガキと大差ない。


「それにしても遅いですね、シルフィー様。

どこで何をしているのでしょう」


そう世話役が心配そうに呟いたときだった。


「敵襲! 敵襲!」


外で誰かが叫んだ。


慌てて外に出たジャックは自分の目を疑った。


集落全土に炎が放たれ、子供の泣き声と

死体が転がっている。


逃げ惑うエルフたちと謎の集団と戦う護衛団。


「これは……奴隷狩りか?」


今までこんなことはなかった。

だが、昔読んだ歴史書にこのような

出来事がいくつも記録されていた。


「シルフィーのお父さんですか!?」


そのとき、一人の子供がジャックの元に

駆け寄ってくる。


「シルフィー帰ってますか!?

今日学校の帰りに一人でチルド花を取りに

行くって言ってたから!」


「チルド花? どうしてそんなものを」


「まさか……シルフィー様。

ジャック様がチルド花を花瓶に入れていたから、

それを取りに行ったのでは?」


「な、なぜ」


「もしかしたら、ジャック様が

その花を好きだと

思ったのかもしれません。

それで今日のことを許してもらおうと……」


「シルフィーのお父さん! 

シルフィーが危ないよ!

助けに行ってよ!

お父さんでしょ!」


その言葉になぜか体が動いた。


それから集落中を探し回ること一時間。


ようやく娘を見つけた。


しかし、彼女はもう首輪をつけられ、

他の捕まったエルフたちと拘束されていた。


それを見た瞬間、今までにないくらい、

頭に血が上った。


こんなに怒りを覚えた経験はない。


ジャックは単独でその冒険者たちを襲撃した。


奇襲に成功したものの、直ぐに取り囲まれ、

次第に劣勢になっていった。


ふと、捕らえらているシルフィーと目が合う。


娘は涙を流していた。


「お父さん!!!」


その娘の言葉が胸に響く。


初めてそう呼ばれた。

じーんと温かみと、痛みが湧く。


「……助けて」


その言葉にどれほど心をかき乱されたことか。


我知らず、ジャックは獣のような雄叫びを上げた。


しかし、やがて力尽き、ジャックは

その場に倒れ伏した。


途絶えそうな視界の中、シルフィーが言うのだ。


「お父さん!! お父さん!!!!」


手を伸ばそうとしても届かない。


目の前でシルフィーが首輪を引っ張られる。


泣いて助けを求める娘に

触れることすらできない。


どうして……今まで娘に触れてこなかったんだ。

なぜこの気持ちに気づけなかったんだ。


毎朝ご飯を作って荒れた娘の手。

チルド花を探しに行って、汚れた体。


それも全部ジャックのため。


今頃になって気づいてしまった。


まだ……一度も抱きしめたこともない。


まだ、名前も呼んでやったこともない。


行かないでくれ。


「シル………フィ」


そこでジャックの意識は途絶えた。


その後、ジャックは無事だった。

救援に駆け付けたギルドに助けれたらしい。


だが、数人のエルフは連れ去られた後だった。

その中にシルフィーも含まれていた。


それから、一年、各地を回って

娘の行方を捜すも何一つ情報がない。


そんなとき、ジャックに護衛団の入団の依頼が来た。

一年前の襲撃で、主力の護衛員が

戦死したのが原因だった。


悩んだ。

このまま、あてもなく探し続けるか、

護衛団に入るか。


結論は後者だった。


奴隷狩りをする冒険者を取り締まる護衛団なら、

もしかしたら奴隷狩りの情報が入ってくる。

そしたら、シルフィーの居場所の情報も

入ってくるかもしれない。


しかし、それから14年。

エルフィアでは最強の戦士と

呼ばれるようになっただけで、

未だにシルフィーの情報はない。


「くそ……今度はさせねえ!」


今度は守る。

誰も奴隷にさせない。


そう決意して中央集落に駆け付けた

ジャックは己の眼を疑った。







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