第22話 エルフの森

やってしまった。普通に振り払えばよかった。


アルテミスの手に引かれ、

俺はもう無法大陸を出てしまった。


無法大陸には正確な境界線はない。

厳密にいえば無法大陸と巨大森林の

中間に位置する何もない荒野にいる。

手を引かれながら歩いて四時間。

いつも俺が行動範囲にしている区域は抜けた。


流石にアルテミスは疲れたのか、

手を離してその場に座り込んだ。


この小さな手を振り払ってしまえば、

こんなとこに来ることもなかった。

だが、もし振り払ってしまえば、

俺は一生、無法大陸で生きることになる。

そう思ってしまって振り払えずに、

ここまで来てしまった。


俺は疲れてしまったアルテミスに

水筒を渡し、歩いてきた道を振り返る。

もう何も見えない。


その何も見えない景色が嬉しかった。

ようやく抜け出せた気がしたから。


今なら引き返せる距離ではあるが、

正直、それはしたくなかった。


「ぷはっ!」


水筒をがぶ飲みして幸せそうな顔を浮かべるアルテミス。


「お、おい……まさか全部飲んだのか?」


「美味しかった!」


こいつ……


俺はため息をつきながら

鞄から世界地図を取り出す。


「これなに?」


「世界地図だ。

アバロニアの地形が描いてある」


「見せて見せて!」


水が無くなった以上、

なるべく早く水を確保したい。

しかし、この荒れ果てた荒野に水などあるはずもなく、

かと言って、無法大陸には戻りたくはない。


「このまま行けば巨大森林に入るな」


「巨大森林?」


「エルフが住む森だよ。

ここなら水と食料も確保できる」


「冒険者にもなれる?」


「まあ、エルフィアにはギルドがあるから、

なれるだろうな」


「やった! カメン! 行こう!」


「けど、ここから歩いて三日はかかるぞ」


そう言って、俺は鞄から紐を取り出した。


「三日……」


絶望顔のアルテミスに

俺は腰を下ろして背を向ける。


「え?」


「ほら、掴まれ」


アルテミスは不思議そうな顔をして

俺の背中に掴まった。


そのアルテミスと俺の体を紐で縛る。


「カメン?」


ただ四年間、無意味に過ごしていたわけじゃない。


「しっかりと摑まってろよ?」


そう告げた直後、俺は巨大森林に

向かって疾駆した。


―――――――――――――――――――――――


走り出したときは、

凄い凄いと無邪気に喜んでいたが、

三時間もすれば疲れたのか背中でぐっすりと

眠ってしまっていた。


「アルテミス、着いたぞ」


「……え?」


「巨大森林だ」


目前に立ちはだかる巨大な木の数々。

大昔、人々はこの巨木を見て

神が創造した樹木と言い表したほど、

神秘的な光景が広がる。


アルテミスも巨大森林を見て言葉を失っていた。


「凄いよな。本当に神が作ったみたいだ。

……アルテミス?」


返事がない。

俺は背中にいるアルテミスに声をかけた。


「おい、どうした?」


「……あれ……? 

なんだか……ここ……」


「アルテミス?」


そのときだった。


「おい! そこにいるやつ!

何者だ!?」


森の中から声が聞こえた。

その直後、矢が飛んでくる。

それは俺ではなく、俺の真下の地面に突き刺さる。


電気系の麻痺矢か。

殺したら何者か分からないから、

捕獲目的で打ったな。


電気がばちばちと矢の着地点から周囲に広がる。

俺はそれをひらりと躱した。


「な!? あいつ麻痺が効いてない!?」


森の中から誰かが動揺した声を上げる。


効いてないじゃなくて当たってないんだよ。


次々と矢が飛来してくるが、

俺の眼ならどこを狙っているのか手に取るように分かる。


手前の右方向に二人。左に三人。奥に二人か。


俺は森へと滑り来む。


「侵入者だ!! 森に入って来たぞ!!」


カンカンと金属音と共に辺りが

慌ただしくなる。


迂闊だった。

エルフィアには初めて来たが、

ここまで警備を厚くしているなんて。


「……カメン……」


「しっかり捕まってろよ? 突っ切るぞ」


それから巨大森林を駆け巡ること三十分。

追手の気配がなくなった俺は小さな湖を

見つけてアルテミスを下ろした。


「水だあああ!」


アルテミスは無邪気に湖の方にかけていく。


まずいな。俺はフードと仮面をしていたから

正体はバレていないが、

アルテミスは顔を見られた。


仮面をさせるか?

いや……流石に街で仮面をしている奴が

二人もいれば怪しまれる。

呼び止められれば終わりだ。


だが何もさせないよりましだろう。

とにかく、アマテラスに水分補給とトイレをさせたら

今すぐここから……


そのときだった。

目の前の湖に靄がかかり始めた。


な、なんだ?

湖があるから水蒸気が発生したのか……?

……いや違う!!


俺はこの靄からほんの少しだけ

魔法の色を見て取った。


これは幻覚魔法か!?


俺は鞄から無法大陸で手に入れた

状態回復薬を取り出して口に含む。


一瞬にして靄が晴れた。


だが、


「アルテミス!? どこだ!?」


アルテミスの姿がない。

ほんの数秒前までいたはずなのに。


俺は辺りを観察する。


まじかよ……三十はいるじゃねえか!


さきほどまで感じなかった気配に囲まれている。

どこで幻覚魔法をかけられたんだ!?


「ほお……驚いた。

エルフ王の魔法に気づいたのか」


隠れていた気配のうちの一人が堂々と顔を出す。


現れたそいつは体の

引き締まった中年男のエルフ。


その男の隣にはアルテミスの姿が。


「アルテミス!」


「動くな侵入者。

動けばこの少女の腕を切り落とす」


「カ、カメン……助けて……」


あの主人に受けた暴力がトラウマになっている

アルテミスは、震える手を伸ばして助けを求める。


落ち着け。

冷静に観察しろ。


周りにいる約三十人のエルフは大したことない。

BクラスとCクラスのレベルだ。


だが、このアルテミスを捕まえている男……

只者じゃない。


無法大陸でもこのレベルには

なかなか出会わなかった。


少なくとも……A。

下手したらSかもしれない。


「大人しく武器を下ろせ」


酷く冷たく、低い声でそいつは俺に命令する。


やるか? ここで全員皆殺しに……


だが、俺が動いた瞬間、

あいつはアルテミスを殺す。


あいつがアルテミスの首元に突き出している

剣の切っ先に迷いは見えない。


双剣が地面に落ちる。


はあ……まったく


「捕らえろ」


俺は双剣を捨てて降伏の意を示す。


ほんと……とんでもない子供と出会ってしまった。


そう後悔しながら俺はお縄についた。

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