第35話 本の値段



エミリーさんに案内されてきた本屋は、表紙が前を向くように置かれた本が棚いっぱいに並べられていた。

背表紙が見える本はなく、全体的に本の数が少ないようだ。


「……変わった並べ方をしている」

「確かに、本屋の並べ方としては見たことないな……」


武内さんと俺の感想を聞いたエミリーさんが、この世界の本屋について説明してくれた。


「そうか、タケウチとコウサカの世界の本屋とは違うんだね。

この世界では、本を読みたいときは図書館へ行くんだよ」

「図書館の方が、本の量は多いんですか?」

「多いよ~。

それに基本、本が読める人は少ないからね。

利用する人っていうのは決まってくるから、維持管理が国だよりになってしまうの」


エミリーさんに詳しく聞くと、本の購入を考える人は少ないそうだ。

かなりの本好きか、研究者が購入する程度らしく、本の販売価格は高額となっている。


また、本を読みたいだけなら図書館を利用すればいいため、利用料を払うだけでいい。

まあそれでも、かなりの高額らしいが利用者は多い。


研究のための専門書や図鑑などもあるが、図書館を利用する人は主に恋愛小説などの娯楽本が目的だとか。

この世界にも、ラノベとかあるのかと武内さんと驚いていたら、前に召喚した異世界人が広めたのだそうだ。


本好きの、異世界人が召喚されたことがあるんだな……。


「ところで、本の維持管理って?」

「これ、この世界の本だけど、持ってみて……」


エミリーさんにそう言われ、棚に並べられていた本を渡されて驚く。

手に取った本は、かなりの質のだ。


表紙はゴワゴワしているし、中の紙はザラザラだ。

質が、俺たちの世界の本と比べてかなり悪い。

これでは、何回も読んでいたらすぐに破れたり崩れたりするぞ……。


「……これが、この世界の本なんですか?」

「こんなに質が悪いなんて……」


俺たちは、エミリーさんに本を返す。


「ね? かなり質が悪いよね。

でもね、これでもかなり改善されたんだよ」


そう言いながら、棚に本をそっと戻していく。

慎重に扱わないといけない本なんて、こっちの世界の人たちはどんなふうに読んでいるんだ?


「でも、この質では……」

「まあそこで、魔法が必要になる。

それも『プロテクション』という、対象を保護する魔法だ。

衝撃や斬撃から守ってくれる、戦いの時には必要な補助魔法なんだけど……」

「それを、本に、ですか」

「そう。

……ほら、本の背表紙に窪みがあるだろ?

ここに小さな魔石を取り付けて、保護魔法を維持するようにしてあるんだよ」

「へぇ~、そんなやり方で……」


なるほど、劣化しやすい品質の本を、魔石と保護魔法で守っているってことか。

それで、図書館の本の維持管理というわけか。

図書館の本は、国が保護魔法の維持や本の管理をしてくれるが、購入した人は自身でそれをしなければならないというわけか。


本自体が高いのに、維持管理までお金が掛かるのでは、購入者がほとんどいないわけだ。


「エミリーさん、本っていくらぐらいするんです?」

「一冊金貨二枚よ。

維持管理を考えると、一冊金貨六枚ってところかな……」

「金貨、六枚……」

「高坂、全然足りなんだけど……」

「俺もだよ……。本がこんなに高いなんて……」

「購入より、図書館での閲覧に切り替えたほうがいいんじゃない?」

「だな……」


本の値段と維持管理の面倒くささを理解した俺と武内さんが、図書館での閲覧に切り替えようと相談した。

そこへドアベルが鳴り、店の中に入ってきた人がエミリーさんに声をかけてきた。


「あら? エミリーさんが本屋なんて、珍しいわね」

「ん? アルニー、久しぶりね」

「本当に久しぶり。前にあったのは、依頼失敗の尻拭いをした時だったわね」

「あ~、そうだったわね。

あの時は助かったわ。さすが、少数精鋭のローズ騎士隊ね」

「まあね。それにしても、なぜ本屋に?

エミリーさんの給金では、購入も難しいでしょうに……」


……何だ、この女は。

エミリーさんと同じ魔術師だというのは、着ている服とローブ、あとは腰に差している杖で分かるが、失礼な物言いだな。


見た目での判断だがこの女性、エミリーさんよりも年下だろう?


「あのエミリーさん、彼女は?」

「ああ、紹介するわね。

この子はアルニー。ブロネーバル王国の騎士隊の中で、私たちのセシリア騎士隊と同じように少数でありながら依頼達成率が、騎士団で五本の指に入るほど優秀なローズ騎士隊に所属している魔術師の一人よ」

「エミリーさん、こちらの二人は?」

「この度、私たちのセシリア騎士隊に配属になった六人の異世界人のうちの二人よ」

「初めまして、コウサカです」

「初めまして、タケウチです」

「ローズ騎士隊所属のアルニーよ。

魔術師としては修行中のみだけど、よろしくね」


お互い、ぎこちないけれども握手をして挨拶をした。

そして、アルニーはエミリーの方を向く。


「エミリーさん、少し話せない?」

「分かったわ。コウサカ、タケウチ、ちょっと話してくるから本を見ていて。

二人の探している本は、たぶん向こうの棚にあると思うから」

「分かりました」


俺と武内さんは頷いて、探している本があるという棚の前に移動した。

そして俺たちが離れると、エミリーさんとアルニーさんは二人だけで話を始めた。


他の騎士隊との、情報交換ってことかな?








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