王都の中での章

第33話 騎士団長の苦悩



Side 騎士団長


セシリア騎士隊が、緊急依頼を終えてから五日後の王都。

この私の執務室で日々の報告や書類整理をしていると、扉をノックする音が聞こえた。

そして、誰が来たのかを告げられる。


『アイリース騎士団長、ブレイガル騎士隊のレズモンドです』

「入りなさい」

『失礼します!』


そう言うと、扉を開け一人の男性が部屋の中へ入ってくる。

私は、ソファに座るように手で促し、部屋にいるメイドの一人にお茶を用意するように言う。


「ミミ、お茶を頼む」

「はい、畏まりました」


ミミというメイドは一礼して、執務室の隣にある部屋に移動する。

そこは小さなキッチンになっていて、お茶などが準備してあるのだ。


私は指示を出した後に席を立ち、レズモンドの向かい側のソファへと移動する。


「今日はお時間を作っていただき、ありがとうございます」

「なに、書類仕事ばかりだと肩が凝ってね。

こうして誰かと話をするのも、いい気分転換だよ」

「……さっそくなんですが」

「セシリア騎士隊の、依頼のことだね?」

「はい、ルーカス村を襲ったゴブリン集団の調査と討伐ということでしたが……」

「そうだ。

騎士団のお荷物と言われているセシリア騎士隊でも、達成可能な依頼と思って出したのだが、何かあるのか?」


そこへ、トレイで運ばれて来た紅茶を、メイドの耳が二人の前のテーブルにそっと置いた。

もちろん、お茶請けの甘い物も忘れていない。


「ありがとう」

「騎士団長、あの依頼はただのゴブリンの襲撃ではなかった。

そう、冒険者ギルドから忠告されていたんじゃないですか?」

「……なぜそうだと?」

「俺の友人が、冒険者ギルドの職員をしているんですよ。

騎士団に忠告しておいたから注意してくれと言われて驚きましたよ」


なるほど、冒険者ギルドの職員との繋がりか。


確かにあの依頼は、冒険者ギルドからの注意書きが添えられていたな。

だが緊急を要したのは確かだし、あの時王都にいた騎士隊で動ける隊は、セシリア騎士隊だけだった。


それに……。


「団長、いくら緊急を要するといっても俺たち、ブレイガル騎士隊に依頼しても……」

「ブレイガル騎士隊。

隊員数百人以上の大所帯の騎士隊、だったか」

「そうです。ブロネーバル王国の騎士隊の中で、隊員数百人を超える六騎士隊の一つ。

依頼達成率も、騎士隊の中で三本の指に入るほどです」

「まあ確かに頼りになる騎士隊だが、あの時は王都にいなかっただろ?

唯一すぐに動けたのは、セシリア騎士隊だけだった。

だから、セシリア騎士隊に任せたんだ」

「……」


納得いかない表情をしているな。

まあ、騎士団のお荷物と言われていたセシリア騎士隊が活躍すれば、こういうヤツが出てくる。

このレズモンドで、十三人目というのは考えものだがな……。


「まあそう怒るな。

セシリア騎士隊しかいなかったのも理由の一つだが、私の本音は、確認しておきたかったんだよ」

「確認?」

「セシリア騎士隊に加入した、異世界人たちの力をな」

「異世界人、ですか?

でもあの者たちの職種は……」

「錬金術師以外、注目できるものがいない。戦力になりそうなものがいない、か?」

「はい……」

「フッ」

「……騎士団長?」

「いや、騎士団の頭脳の一人と言われたレズモンドでもそういう認識だと思ってな」

「違ったのですか?」

「セシリア騎士隊の報告書は?」

「いえ、まだ読んでいませんが……」

「では、読んでから感想を聞かせてくれ。

あの報告書を読めば、今回の召喚された異世界人の認識が変わるだろう」

「それほど、ですか?」

「それほど、だ」


困惑したような表情をしているが、あの報告書を読めばその目も覚めるだろう。

だが、本当に知らなければならないのは異世界人の力ではない。


ゴブリンの進化先の話だ。


本来ゴブリンは、ホブゴブリン、メイジ、アーチャーと戦闘状況によって成長し、ジェネラルへと至る。

さらに成長して、キング、ロードとなるわけだが、今回は成長ではなく進化した。


それが、ゴブリンマスター。

その強さも桁違いだが、注目すべきは人を食糧としているところだ。

いや、人以外にも食糧にしているかもしれない。


さらには、ゴブリンで起きた進化が、他の魔物に起きないということはないはずだ。

オークマスターに、オーガマスター。

他にも、人型の魔物はいるし人型以外の魔物でも起きない保証はない。


特に恐ろしいのは、ドラゴン種だろうか。

知性を持ったドラゴンならば、そう心配する必要はないのだが、問題は知性を持たないドラゴン種の進化したドラゴンマスターだ。


知性を持ったドラゴンが使う『人化の法』とは違い、進化して人型になるのだ。

ゴブリンでさえ、あの報告書通りならば国が滅びるレベル。

それがドラゴンとなれば……。


本当に、想像するだけで恐ろしい。


「……アイリース様、……アイリース様!」

「?! ああ、ミミか。どうした?」

「レズモンド様は、もう帰られましたよ?」

「何? いつの間に……」


私が考え事をしている間に、レズモンドはすでに帰ってしまったらしい。

一声かけてくれればいいのに……。


「アイリース様が、難しい顔で考え事をされているのを見て、レズモンド様は一礼して帰られました。

何を考えられていたのですか?」

「いや、セシリア騎士隊の報告書で気になることがあったのでな……」

「それで、どうされるのですか?」

「ん? どうするとは?」

「報告書に気になる箇所があったのでしょう?

それを調べるのか、全騎士隊に知らせるのか。それとも、他国にも知らせるのか……」

「一応、母上を通して他国へ報告と忠告はしてもらっている。

全騎士隊には、すでに忠告を出しているはずだ」

「アルレイン王妃様ですか?

陛下にお願いすればいいのでは……」

「父上には、私は嫌われているからな……。

第二王女でありながら、騎士団長の地位にいることに……」

「アイリース様は、実力で騎士団長になられたのです。

そんなに卑屈にならなくても……」

「父上もそうだが、貴族の世界では男尊女卑の考えがまだまだ蔓延っているからな。

何とか変えようと頑張っているが、まだまだだよ……」


貴族の当主に女性も出てきてはいるが、まだまだ全体に対して少数だ。

それに、権力もない下級貴族ばかりだからな……。


「元気を出してください、アイリース様!」

「そうです! 私たちは、アイリース様の味方ですよ!」

「騎士隊の実力者の中にも、女性は増えているじゃないですか!」

「そう、だな。

女性の地位向上に、これからも頑張らなければな!」


そうだ、落ち込んでいる暇など無いのだ!

騎士として、守らねばならい者たちがいる。


もっともっと、頑張らなければ!







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