必然
水円 岳
☆
「ささくれているのが必然?」
「そう」
世の中には変わったやつもいるもんだ。ささくれってのは百害あって一利なし。そいつにぶち当たるとろくなことがない。誰でもそう思うはずなんだが。
「たまに、とか。偶然に、とかでなく。常にささくれているのが必然なのか」
「当然よ。ささくれてないとちっとも役に立たないわ。常にささくれていないとダメ。必然なの」
変わった人が自分の女房だった場合、俺はどうすりゃいいんだろうか。常時ささくれた女房なんざ御免被りたいところなんだが。いやいや、これ以上女房にささくれ立たれるとメシが当たらなくなる。俺が先にささくれるわけにはいかないから、下手に下手に。
「で、俺はどうすりゃいいんだ」
「車出して」
ドライブで気晴らしならわかるが、気晴らしすればささくれは収まってしまうだろう。ささくれ必然説と不整合を起こす。わけがわからん。
ともあれ、リクエストを満たすしかない。女房は見るからにイライラしている。猫で言えば総毛を逆立てている状態だ。そのささくれを直接向けられたら、俺は傷だらけになっちまうよ。たまったもんじゃない。
女房は、車に乗り込むなり行き先をリクエストした。合羽橋だと? そう遠くはないが、また珍妙な場所だな。
運転中、不機嫌爆裂の女房の横顔を盗み見しながらつらつら考える。貧乏劇団の役者同士で結婚し、俺は役者を諦めたが、女房はそこそこ有名な劇団の舞台監督にのし上がった。演劇なんざどこかささくれた感性を持っていないと観客にフックしないから、女房の言う必然説がまるっきり間違ってるとは言わないよ。だが、四六時中ささくれてたんじゃ、自分も周囲も神経が保たん。必然と言うほどのものではないと思うがなあ。
と考え込んでいる間に、ナビが目的地周辺に着いたと猫なで声を出した。
「そこで待ってて、すぐに戻るから」
「あいよ」
駐禁の場所だ。お巡りもよく来る。長くは停めてられんぞとはらはらしていたが、宣言通りすぐに戻ってきた。何を買ってきたのかは知らんが、いくらか機嫌は直ったようだ。だが、完全復活ではない。
買ったものをすぐ車内でひけらかさないから、ささくれの全てを撫で付けたわけじゃないと見た。用心しよう。
◇ ◇ ◇
家に戻ってすぐ、女房は購入品の箱を持ったままキッチンにすっ飛んでいった。そのあとすぐに、しゃっしゃっしゃというリズミカルな音が響き始めた。で、鈍い俺もようやく気づいたわけだ。合羽橋にはそこここに厨房器具の専門店がある。で、ささくれ必然とくりゃあ、あれしかないわなあ。
一応、答え合わせのためにキッチンを覗いてみる。女房が買ったのは、銘の入った銅製の高級下ろし金だった。納得、納得。うちにあったのはプラの安物だったからなあ。
「ね? ささくれ必然でしょ?」
「確かにな」
「きいいいっ!」
額に青筋を立てて下ろしているものを見て、大いに納得する。大根か。
そういやちょっと前に激しく愚痴ってたな。今度の舞台で板に乗せてくれってスポンサーにねじ込まれた女性ジャリタレがちっとも使えないって。セリフ覚えは悪い、演技はイモ以前、男優に色目は使う、やる気はまるっきりない。あんなの舞台に上げるくらいなら、若作りしてわたしが上がった方がマシよ! うむ、気持ちはよーくわかる。
だが、スポンサーにへそを曲げられると劇団運営が成り立たなくなる。胃薬を飲みながら演技指導してるんじゃ、そりゃあ心がささくれるわなあ。
当然、女房は役立たずのジャリタレを下ろす気満々なんだろう。だからささくれを丸め込むんじゃなくて、逆にとんがらかしてる。大根を下ろすにはささくれ必然ということだな。鬼下ろしにしなかっただけ、まだましか。
ともあれ、飯炊きは俺の仕事だ。女房殿が目を血走らせて下ろしているリアル大根の消費方法を考えるとしよう。
「みぞれ鍋にすっか。ささくれ必然はいいけど、気合い入れすぎてもみじ下ろしにすんなよー」
【おしまい】
必然 水円 岳 @mizomer
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