第2話

 そしてまた別の日。

 仕事が終わって帰宅する。余計な時間はかけたくないので食事は基本的にコンビニのおにぎりやサンドイッチですませることが多い。


 むしろ、ろくにスーツも脱がず、帰ってきてからやるのは精々ネクタイを緩めるぐらいだろう。

 そして一直線にテレビとPS5の電源を入れてエルデンリングを起動するというのがいつものルーティンなのだが、今夜の航はその動きが鈍かった。


「う~、緊張する……!」


 日頃とは違う心境でゲームを起動し、目的の祝福までファストトラベルする。そしてさらに日頃とは違う行動をした。

 それは地面に「褪せ人の鉤指」を使って召喚サインを描くことである。


『こっちは準備できましたよ』


 続いてスマホを使ってメッセージを送った。

 すると画面に「召喚されています」というメッセージが表示され、ローディング画面に移行する。


 再びゲーム画面が表示された時、航のキャラクターは黄色の薄い膜に覆われているかのような色調に変化していた。


 普段と同じ景色だが、ここは航の世界ではなく、別のプレイヤーが遊んでいるエルデンリングの世界なのだ。


 ――つまり、マルチプレイである!


 もっぱらソロプレイばかりの航は、知識では知っていても実際にマルチプレイを試すのは初めてだった。


 初対面の人と野良マルチをするというのは、人見知り故に尻込みしていたし、学生時代の知り合いにはエルデンリングをやってそうな人間の心当たりもあったが、卒業後はすっかり疎遠になってしまっている。


 そんな相手に「なぁ、エルデンリング、やってない?」などと声をかけるのはやはりハードルが高かった。


 それ以前に、ソロでも充分満たされているために進んでマルチプレイをしようと考える機会がなかったのである。


 なかったし、今でもそこまでやりたいと思っているわけでもないのだが、それでもエルデンリングの一部であることに変わりない。


 自分が好きなものを、隅から隅まで味わい尽くしたいと思っている航にとってはワクワクしてくるのも本当だった。


 目の前に相手プレイヤーのキャラが現れる。

 召喚されたのは航の方なので、「現れた」のはむしろ航の方か。


『おーい、聞こえてるか~?』


 ボイスチャットを入れているのでコントローラーから相手の声が聞こえてくる。


「あ、はい、どうも、お疲れ様です」


 慣れてないのでどうリアクションしたものか迷った末に当たり障りない返事をしたのだが、チャット先の人物は噴き出した。


『お前、仕事中かよ! もっとリラックスしろって。というか、手伝ってもらうのは俺の方なんだからさ』


「いや、なんか、慣れないので」


『ふ~ん、まあいいや。遊びなんだから気楽にやってくれよ』


「ま、まあやってみます。えっとボイスチャットも問題ないですね」


『おう、教えてもらった通りやったからな。バッチリ聞こえるぜ。トラブったらスマホでよろしく』


「は、はい。了解ですっ」


 相手は、航の職場の人間だった。

 といっても先日嫌味を言われたのとはまた別人で、同じ部署に所属している先輩、鹿島黎人である。


 我ながらではあるが、航の性格は地味で、外見は輪をかけて地味。

 だが黎人は、営業職らしく常にお洒落な格好をしている上に、清潔感漂うイケメンで、性格も明るく職場の人間ともいつも楽しそうに談笑している人気者である。


 ただ航自身はほとんど喋ったことがなかった。

 なにか嫌なことをされたわけではないが、一方的に苦手意識を持っていたのである。


 眉目秀麗、前述の通りお洒落にも気を遣い、常に自信たっぷりな様子など、まるで別世界の人間としか思えなかったからだ。


 勝手な先入観もいいところなのだが、こういう陽気な、パリピっぽい人物は完全に天敵判定してしまって、できるだけ近づかないようにしていたのである。

 そんな黎人から今日、いきなり声をかけられた。


 なあ、エルデンリング、教えてくんない?――と。


 航からすればギョッとするような出来事である。


 理由を尋ねると、普段ムスッとしている(ように見えているらしい)航が、昼休み中、タブレットを見てニヤニヤしているのを見かけたらしい。

 黎人が不思議に思って後ろから手元を見ると、エルデンリングのまとめサイトを眺めていたところだったとか。


 ネットでは、考察やビルドのアイデアなどが日々更新されている。


 変にケンカになったり叩かれたりするのは面倒なので自ら書き込むことはしないが、他のプレイヤーの考え方やスタンス、物語に対する考察を見るのは好きで、昼休みはもっぱらそうしたサイトの巡回に充てていた。


 黎人はそれを見て「あ、こいつやってるな」と思ったらしい。


 ちなみに航としては、まさかそんな姿を見られているとは思っていなかったため、羞恥心で頭を抱えたくなっていた。


 逃げ出したくなるような気持ちをこらえ、黎人の要請に応じたのは、彼が助力を求めた理由に感心したからだった。


 二人が待ち合わせたのは、忌み鬼、マルギットの祝福。


 つまり、黎人はマルギットを既にクリアしていることになる。


 一見ゲームなどやるように見えない黎人は、思った通りこの手のゲームをプレイするのは初めてらしい。

 それでマルギットを倒したのはカラクリがある。


 最初、何度もマルギットに倒されてしまった黎人は気まぐれに野良の助っ人を頼んだのだという。


 普通、野良マルチではレベル帯の近いプレイヤーが召喚される。

 しかし召喚に応じたプレイヤーはこの手のゲームに慣れていたのか、それとも航と同じようにサブキャラを作っていた上級者だったのか、いずれにしてもホストの黎人がほとんど手を出す隙がないぐらいの活躍でマルギットを倒してしまったらしい。


 ホストとして攻略が進んだはずの黎人はしかし、まるで楽しくなかったのだという。


 その後のストームヴィル城でも手こずりまくっている現状なのだが、単純に手伝うと言うより、このゲームのコツをレクチャーして欲しいという要望だったのだ。


 普通、手こずった敵をあっさりやっつけてもらえたら喜びそうなものである。

 だが黎人はこのゲームのそうした困難も楽しみたいのだそうだ。


 ゲーマーとしてその心意気が嬉しかった。あまりゲームをたしなむようなタイプに見えない黎人の口から聞かされたから、なおのことである。


 だから「まさか、たいして親しくもない同僚とマルチをするなんて」という重圧に耐えながら、今回のお誘いに応じたのであった。


「よ、よろ、よろしく、お願いします!」


『なんで教えてもらう俺より、お前の方が緊張してんだよ?』


「い、いや、これ僕の性格なんで!」


 あぁ、自分はどうしてもっとうまく喋れないのだろう。

 絶対変な奴だと思われているに違いない。


 コーチ役をがんばりたいという気持ちの傍らで、自分の不器用さ加減に暗澹とした気持ちになっていると、


『お前、結構面白い奴なんだな。今まで話したことなかったから知らなかったけど、もっと前から話しかけときゃよかった』


 という言葉を賜った。


(この人、神でしょうか!?)


 黎人はこれまでほとんど接点を持ってこなかったタイプの人間だ。そんな彼からこんなに優しい言葉をかけてもらえるとは思っても見なかった。


(エルデンリング、やっててよかった~~!)


 我ながら単純だとは思ったが、黎人の言葉ですっかりやる気を漲らせ、精一杯役に立つためプレイに集中するのだった。

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