第3話
忌み鬼、マルギットの祝福で黎人と合流した航は、さっそく指南役を開始する。
まずは黎人の装備状況だ。
開始時の素性では放浪騎士を選んだのだろう。装備は初期装備を身につけている。バランスがよく、初心者でも使いやすい素性だ。
キャラネームは「Ray」。
そのまま訳せば「光線」という意味の単語で、本名からそのまま来ているのかもしれないが、
(ちょっと格好良い。羨ましい)
と率直に思った。
ちなみに航は念のためにメインキャラを引っ張り出してきている。
ゲーム開始時点で、素性は侍を選んだのだが、一回クリアするまでに、「もはやどこに侍要素が?」という有様になっていた。
本当なら和風の甲冑を使い続けたかった。
ただ、和風の防具は数が限られており、失地騎士シリーズでまとめている。
唯一武器は、「刀」に分類される屍山血河を用いているのが侍要素と言えなくもない。
だが、これも「日本刀」かと言われると首を捻るところ。
ちなみにキャラの名前は「W」。別になにかのコードネームではなく、航の名前の頭文字を取っただけである。
今から考えるともっと名前やキャラメイクは凝った方がよかったのかもしれないが、買った日は一秒でも早くはじめたくてそのあたりは全部適当になってしまったのだ。
(僕も化粧機能を使って、このへん作り込んでみようかな)
などと黎人を見てこっそり反省する。
『お前の装備、格好良いな! ゲームを進めたら俺もそういうの集められるのか?』
「そうですね。宝箱からじゃなくて敵からドロップする装備もあるので、ちょっと根気は要りますけど、基本的には手に入りますよ」
『これで楽しみがまた一つ増えたな』
「そ、そうなんですよ! 敵を倒したときの確率ドロップでしか手に入らないものもありますから、本当に奥が深いんですよ!」
自分の好きなゲームについて思わず語りたくなるのはゲーマーの本能だ。そんな航に、黎人が小さく笑う。
『会社とは比べものにならないぐらい喋るなぁ』
「あ、すみません。うるさかったですか?」
『いやいや、そうじゃないって。喋ってくれて嬉しいんだって』
「そ、そんなもんですか?」
『そ。もちろん可愛い女の子の方がいいけどさ、男女問わず、人と仲良くなるのは楽しいもんじゃない?』
「えっと、僕は、ちょっとよくわからないです」
『そうか。まあ、人それぞれだしな。俺は喋ってくれて嬉しい、そこだけ覚えておいてくれよな』
「あ、はい。じゃあ、行きましょうか」
『了解、よろしく!』
さすがは陽気な対人強々勢。
人間関係におけるレベルが違いすぎる。
きっとパラメータが完凸しているに違いないと変な納得をしつつ、航は黎人を伴ってストームヴィル城内を目指して歩きはじめた。
目の前に、見上げるほどある城壁がそそり立つ。
朽ちかけた石畳の坂道を登ると、堅牢な城門がプレイヤーの前に立ちはだかる―はずだったのだが、航は近づいてきた城門を見て「あれ……?」と思わず声を出していた。
『どうかしたのか?』
「あ、いえ、城門が、開いてるなって思って」
マルギットを倒した後、すんなりとストームヴィル城に侵入できるわけではない。
そこは辛口なフロム・ソフトウェアのゲームらしく、城門にはプレイヤーを拒絶するように頑丈な鉄格子が降ろされているのだ。
多くのプレイヤーはどこから侵入するか、マルギットにようやく勝てた高揚感を抱えながら地味な探索を行うことになる。
だが、黎人の世界では、正面の城門が開かれていた。
ゲームが進めばあとから正門を開放することも可能ではある。ただ、黎人がそこまで進んでいるとはとても思えない。
ならば残る可能性は、一つ。
「ひょっとして、ゴストークに話しかけて、正面から行くって選択したんですか?」
『ゴストーク? あの脱走した囚人みたいな奴? うん、したよ』
「な、なるほど……」
黎人の返答で、航は即座に彼のプレイ状況を把握した。
『だってさ、怪しいじゃん』
ド正論である。
「確かに、どう見ても怪しいですもんね。そもそもあいつに裏道を教えてもらうと、それはそれで厄介な悪さをするんですよね」
『悪さ?』
「はい。鹿島さん、何回か死んだと思うんですけど、普通は落としたルーンって拾うと全部戻ってくるんですよね。でもゴストークに裏道を教えてもらうと、あいつ死ぬ度に三割ぐらいルーンをちょろまかすんです」
『え? ルーン、減っちゃうの!?』
「はい。あ、裏道を断ったら大丈夫ですよ」
『でも、正面から行ったら無茶苦茶にされちゃうんだよなぁ』
どこで詰まっているかと思っていたら、それは詰まって当然のところである。
ストームヴィル城は、真正面から挑むこともできるが、そうすると手強い敵が手ぐすねを引いて待ち構えているのだ。
おまけに、強力なバリスタや火炎放射器も設置されており、よほどの高レベルキャラでもなければ通り抜けるのは難しい。
「それはそうですよ……。このゲーム、難しそうな道と簡単そうな道が用意されていたら、難しそうな道はだいたいとんでもなく難しいですからね」
『お前でも?』
「このキャラは一回クリアしたデータですからそれなりに強くなっていますが、一周目だったらとても無理でしたね」
厳密に言えば、航と黎人のデータではレベル差が大きいので、航のキャラはパラメータがごっそり減らされている。
それでもスキルや戦技を使って強引に押し通ることはできそうだが、一周目にそんなことをするなど、考えたくもなかった。
『へぇ、じゃあ、怪しそうでもなんでも、手堅い方を選択するのがいいのかな?』
「基本的には、そのパターンが多いですね。というより、難しい道は、テクニックに自信がある人が腕試しに使うことが多いぐらいなので、避けておいた方がいいと思います」
このゲームは非常に自由度が高い。
高すぎるぐらいに高いのだが、順路から逸れようとすると、その途端にとんでもない困難が降りかかったりする。
『じゃあ、どうするんだ? もう一回話しかけても裏道教えてくれないぞ?』
「それはもう、フラグが立っちゃってますからね。でも問題ないですよ、勝手に行っちゃえばいいだけなんで」
『え? そんなんでいいのか?』
「むしろ、こっから先は死んでもルーンをちょろまかされないんで、偶然ですけど一番賢い選択になってますよ」
『マジで!? それはラッキーだな。何回もボロ雑巾のようにされた甲斐があったぜ』
「ボロ雑巾ですか……」
容易にその場面が想像できてしまった。
前後左右から遠慮なく斬りかかってくる雑魚敵に揉みくちゃにされたのだろう。このゲーム、複数の敵に囲まれると本当に酷い目に遭わされるのだ。
「まあ、とにかく抜け道は僕が案内できますから、行きましょうか」
黎人の状況が見えてきたところで、航はいよいよストームヴィル城攻略へと乗り出した。
◆◆◆
正門の脇にある小部屋は、外に面した壁に大穴が開いており、その穴から別ルートに出られるようになっている。
普通、このような別ルートは、発見さえすれば「ここが通り道だ」とわかるような外見になっているものだが、エルデンリングはこういうところまでシビアである。
穴を通り抜けた先、次に待っているのは道というより庇、あるいは単なる壁の「でっぱり」。
とても道とは思えないものに飛び乗って、狭いそこを通っていくことになる。
一歩足を踏み外せば真っ逆さまという足場を通り抜けると城壁が大きく抉られており、その向こうの足場に通り抜けられるようになっていた。
この抉れは城の複数の場所で見ることができ、斜めに三本平行に刻みつけられている。おそらく、かつて大きな戦いがあった名残なのだろう。
『……マジで?』
黎人の反応も当然だ。
だがそれでも、ここが正規のルートの一つである証拠に、踏み込んだ先にはちゃんと敵が配置されているのだ。
一瞬、注意しようかどうしようか迷ったが、あえて黎人がそこに踏み込んでいく様子を見守った。
直後、
『うわ、なにこいつ!?』
黎人が声を上げる。
画面上、物陰から飛びかかってきた大型の猛禽類に黎人のキャラが襲われている場面だ。
航は冷静に武器を変更して長弓を構えると、複雑な軌道を描いて飛ぶ猛禽を一発で射落とす。
『ふぅ、こんな敵もいるんだな』
「この先も、ところどころにいますよ。みんなこいつは苦手ですねぇ」
何せ、頭上から襲いかかってくる上に一撃離脱ですぐに距離を取る。狙いを付けようとしても飛び上がって、なかなか捉えられない。
放浪騎士の初期装備であるヒーターシールドは頑丈だが、レベルが低ければスタミナがすぐ切れて無防備になってしまう。今の黎人のキャラではまだガードカウンターを使いこなすのは難しいだろう。
一瞬、事前に注意を促そうかとも思ったのだが、それをし出すと際限がなくなる。結局、黎人がびっくりする楽しみを奪ってしまうと思ってグッと我慢したのだ。
(意外に難しいなぁ、マルチプレイって)
とはいえ、せっかくの機会なので、できるだけのことはやってみるつもりだった。
「この先に祝福がありますから、ひと息つけますよ」
エルデンリングの「ひと息つける」は、休憩できるということではない。
祝福を開放していれば、死んでもそこからやり直せるという、なんとも後ろ向きな安心感だった。
しかし、ストームヴィル城攻略は、ここからがようやく本番なのである。
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