【KAC20244】ある一般男子大学生の焦燥

昨日まで余裕ぶっこいてた僕が悪いんだけどさ

　どーん、三月十四日！

　世はホワイトデー！

　知るかクソが！！

　僕はそれどころじゃない！

　今週末までに考査の成績が悪かった奴の救済レポートを出さないといけないんだ。

　僕は、あと三教科抱えてる。

　え、落ちこぼれだって？

　いや……うーん、平均的やや下くらいだよ。もっと下はいっぱいいる。多分進学は出来るし。全教科優なんか無理無理かたつむり。

　教授によっては満点以外不可とかエグいこと言う人もいる。

　理屈は、分かる。

　僕らが目指すのは医者だ。

　ノーミス当然、ワンミスが即誰かの不幸に繋がる世界。

　満点でないといけない、その精神は分かるとも。

　救済レポート用意してくれてるだけで御の字……

　だけど、期限はもうちょい先でも良かったと思うんだよなぁ！

　こんなに切羽詰まるなら、引っ越しなんか全部業者に任せれば良かったんだよ……月あたまの引っ越し準備に一週間とかのんきに時間をかけていたせいで、三週間あると思ってた猶予が三日に縮んでいたんだ。

　……はぁ、無理筋を愚痴っても始まらない。僕はベッドからようやく起き上がり、コップに汲んだ水道水をお供にノートPCを開き、課題に取り掛かり始めた。

　ぽこ、とslackの通知音。

『先輩、今日お披露目来ないんすか？』

　今日は僕が所属してるサークルの、六月の大会に向けたOB進捗報告会。二年の僕らは本来なら一番矢面に立つべきなんだけど。

　行けるかよ、この状況で……

『ホワイトデーだぞ、察しろよ』

　……下らない見栄を張ってしまった。

　こういうことするから引かれるんだよなぁ……。でも後輩に懐かれたところで増えるのは出費だけだから良いや。

　案の定、ぽこ、ぽこと恐らく抗議や冷やかしのリプライ通知が暫く鳴り止まなかった。

　お前らの学部は二月に全部終わってるもんな。医学部からあのサークルに参加してるのは僕だけだ。まさかまだ学年末の尻拭いをしてるとは思わないだろう。

　スマホを放置してノートPCに視線を戻す。

　昨日酔っぱらいながら書いたレポートは段々と雲行きが怪しくなり、後半はもう自分でも理解できない論理を展開していた。

　あーもー、我ながらホント馬鹿。酒なんか飲むなよ、大して強くないんだからさぁ……。

　む、と顎を右手で支えながら画面を睨み、指に走った痛みに我に返る。

　人差し指の背で唇を擦っていたらしく、ささくれがめくれていた。

　こういう小さいことも、今は僕のイラつきを加速させる。宜しくない。良くないとは知りつつ歯で噛みちぎった。

　……クソ痛い……二度とできないでほしい……。

　えっと、何だっけささくれ。ビタミンB2が足りてない？

　Aも、Eもかな。肌荒れ扱いならCもそうか……ややこしいな、今夜は寄せ鍋にしてもらおう。

　スマホを取り、バイト中の彼女にLINEする。

『今日の夜、寄せ鍋がいい』

　休憩時間だったのかすぐ既読がつき、サムズアップした『いいぞ』のスタンプが送られてきた。

　ささくれ立っていた心が、ちょっと落ち着くのが分かる。

　ささくれ立つ……なんて気取った表現自体、落ち着いて自分を客観視できる状態でないと出てこないよな。

　さっきまでの僕なら、そんな形容されたら噛みついてるとこだ。余裕こいてんじゃねーぞ！って。

　余裕が、ない。

　僕は今、とても頭が悪い。

　悔しいけどこればっかりはどうしようもない。

　昔みたいな何でも爆速で解決できるスーパーリノちゃんに戻りたい……戻れるなら、首から上だけ……。

　自分の神童だった頃の顔が今のガタイの上に乗っているのを想像した。

　いやキモ、やめとこ。

　水をひと口飲み、すう、と鼻から深く息を吸って、吐く。

　少し落ち着いたのは、やっぱちょっとでも彼女とLINEできたからだ。

　あー、ホワイトデーなのに、何もしてやれなかったな。

　とりあえずレポート類をさっさと終わらせて、来週の頭に花見にでも行くか。

　どうせ来週には全部終わってるもんな。

　……色んな意味でな！