気付き2 ※リュート視点

リーリに整えた魔法陣の図案と計算式を押し付けて、早々に帰した。


軽く内容をみたリーリの表情が変わったようだったがどうでもいい。


早くサンビタリアについて考えたかった。




――学園での出会いの後、補佐として目の前に現れた時は正直戸惑った。


ようやく変な虫が湧いてこない環境を手に入れたと思った矢先だったからだ。


しかし「水の聖女」を対象とした研究には興味があったし、ゼフトからもサンビタリア家に融通をきかせてもらえると話があったからおとなしく受け入れることにした。




彼女との生活は、意外と快適だった。


自分の研究に没頭すると周りが見えなくなる様を見たら裸足で逃げ出すだろうと思っていたが、気が付けば三食食事を届けられ、夜が更けたらお茶が出てくる。


規則正しい生活の代償に研究時間が減ったが、補佐として事務仕事や身の回りのサポートに徹してくれるので、かえって研究自体の効率は上がった。


論文や報告書の期日が迫ると無理をする必要もあるが、そんな時は気遣う言葉はかけてくるがこちらのやりたいようにやらせてくれる。


そんな彼女が隣にいる環境は心地よくて……はっきりいって彼女に甘えてるな、僕。




どうしてそこまで尽くしてくれるのかと問えば、「リュート様は私に光明をくださった方だからです!」なんて言ってくれる。


僕に言われた事を違わず実現するために弛まぬ努力をした結果、彼女は補助系と回復系魔法のエキスパートといって差し支えない実力を手に入れた。


さすがサンビタリア家という声も聞くが、間違いなく彼女の努力の結果だ。


そんな彼女に対して、子犬がなついてきたときのような可愛らしさを感じるのは間違いない。




でも、最近は少し様子がおかしい。


少し元気がないし、仕事の内容は完璧だけどいつもより時間がかかっている。


ふと、今日の訓練時にサンビタリアが言っていた事を思い出す。


――『いえ。私などまだまだです。最近は弛んでいるのか術式の効きがあまり良くなくて……』――


今日の選抜部隊員に施していた術式は的確かつ完璧だったし、効きが悪い様子もなかった。


……本人にかけた時だけ上手くいってないのか?そういえばそんな事例が――




こほん、と咳払いが聞こえてハッとして音のする方を見る。


カレン・サンビタリアが立っていた。


いつもとは違うドレス姿に、つい目を奪われる。




「カレン・サンビタリア、ただいま戻りました」




いつもは隠れている首筋と鎖骨が視界に飛び込んでくる。見慣れない女性的な格好に、普段の詰襟制服の下にはこんな白い肌が隠れていたんだなと考えてしまう。


ああ、さっき全く興味もないし想像したこともないなんて言ったばかりなのに。頭の隅でリーリの笑い声が聞こえた気がした。




「…………っご苦労さま、父君の返答は?」




なんとか思考を切り替える。


聞けば父君の了承も取れ、契約書も受け取ってきたという。


書面を確認して実験計画書を修正すればあとは動くだけだ。とうとう水の聖女の研究が始まるという期待感で気分が高まる。




「リュート様、差し出がましいようですが、先ほどのご様子から察するにローゼスとお話しされた内容に集中されたいのでは……?」


サンビタリアの発言に、切り替えた思考が戻ってくる。




「失礼ながら少しお疲れのようですし、契約書をご確認いただいて、サインと押印までいただければ私が計画書の修正案を作成いたします。リュート様にはご確認だけ頂ければ清書もこちらで行いますので……」


「サンビタリア、キミは……」




疲れているはずだ、朝は僕よりも早く起きて朝食を受け取ってから起こしに来るし、その後はずっと一緒に仕事をしていた。


時間から察するに夕食は家族で過ごしてきたようだけど、移動だって案外疲れるものだ。


それなのに、キミはまだ僕のために動こうとするの……?




思わずソファに崩れるように体重をかけ、もたれかかる。


ああ、そうだな。これはだ。ダメになるしかない。




『リュート様って、サンビタリア様のこと本当に好きですよね、お顔が柔らかくなりますもん!』




リーリの言葉が頭の中で響く。何故か負けたような悔しい気分になる。


でもこれは仕方ない。だって気付いてしまった、自覚してしまったんだ。




「ありがとうサンビタリア。キミの言葉に甘えるにしてもまずは契約書の確認からだね、お茶を淹れてくれる?」




僕はどうしようもなく、この年下の、つい数年前まで学生だった彼女を手放したくないくらいには気に入っているらしい。

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このまま失恋すると思ってました @yo-ko_yamama

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