変化:???
――――ふ、と目が覚める。
日差しがあたたかい。陽の光の様子からして、おそらく昼前頃だろう。
お昼前……?
「っね、寝過ごした!?お食事と業務予定――きゃっ!」
ガバリと慌てて飛び起きようとしたが、体がうまく動かずそのまま寝台に逆戻りした。
というか、ここ、私の部屋じゃない。
数々の文献、資料、紙で埋め尽くされた室内――自室以上に見慣れたこの部屋は、まぎれもなく技術部顧問室の中にある仮眠室。事実上のリュート様の寝室だ。
そしてここの寝台はもとより一つしかなく、私はそこで寝ていた。
「な、なんで私、リュート様の寝台で寝ているの……!?」
「サンビタリア!?」
あまりの事態に混乱していると、ドアがガチャリと開きリュート様とリーリが入ってきた。その瞬間、小実験室での出来事を思い出す。
「リュート様!わ、わたし、実験の、ご迷惑を……!!」
やってしまった。これは本当にやってしまった。
あの時、何故かはわからないが今まで多少は効いていた回復術式が全く効かないどころか眩暈と頭痛がひどくなるばかりだった。
寝台で目を覚ましたということは、私はあのまま意識を失ったのだろう。この様子だと実験自体もしかして中断してしまったのではないだろうか。
こんなことでは本当に補佐の座を降ろされてしまう。
無意識にカタカタと震え握りこんでいた私の手に、大きな温かい手が重なる。リュート様だった。
「大丈夫。サンビタリア、話をしよう。――ローゼス、食事をありがとう。すまないが席を外してくれ」
「もちろんですリュート様。あ、でもその前に釈明のお時間をいただけますでしょうか」
リーリはそういうと、静かに私の傍にきて、ぺこり!とまた音がしそうな勢いで頭を下げてきた。
「サンビタリア様、この度はお騒がせしてしまい申し訳ございません。私の不用意な発言がご心労になっていたのではと勝手ながら謝罪させていただきます」
「……え?」
思わず呆ける私だったが、リーリは言葉を重ねていく。
「私、ずっとリュート様のもとで魔術の研究がしたかったんです。端的に言うと、リュート様の弟子みたいなものになりたかったんです!」
「で、弟子?」
「はい!リュート様と切磋琢磨しつつ技術とか学べるだけ学びまくって、いち研究家として大成したかったといいますか……なので、補佐としての地位は希望していなかったんです。
リュート様からお話を聞く限り、補佐は事務系のサポート特化という印象が強くて……でも、部長たちは補佐になりたいと曲解してしまったみたいで」
弟子になりたいなんて言うからだよ、とリュート様が横から口を出す。
確かに弟子や付き人なんて言われる人は、まず数年は雑事の手伝いから始まることが多い。なので弟子入りするなら補佐から、と部長たちが思ってしまうのは当然だった。
リーリがうなだれながらそれにこたえる。
「はい……ゼフト部長にも『事務を他人に押し付けて研究だけしていたいなんていうのは甘え』とハッキリ言われました。人に頼む前に自分でも理解しようとしろと」
部長の言い方はややきついが、実際にリュート様は実験計画書や申請書、経費報告書や監査対応といった事務仕事もできる方だ。
専門職の補助を受けることもあるが、書類の意味や作成する必要性は理解されていらっしゃる。
周りとの連携や国費を使って研究をしている意味を考えて動かず、ただ楽しいからそっちの部署に便乗して研究したいというのは”甘え”と言われても仕方のないことだった。
「ただ、私の熱意自体は伝わったようで……顧問はリュート様への特例役職に近いので組み込むことは難しいから、もし本当に研究がやりたいならまずは研究課で成果を出せと」
研究課は、文字通り魔術の研究を行う部署だ。ただ基礎研究と応用研究どちらを行う班になるかは新人のうちは選べないし、課としての研究と個人研究では課としての研究が優先されるため、なかなか個人研究までできている研究員は少ないらしい。
ちなみにリュート様はもともと組織に入らず一人でいくつかの術式を開発、魔道具や魔術書として販売して大成し一財を築いている。その結果、実力を危険視した国からの命令により軍入りを余儀なくされた。
国外に亡命等しないように旅行は原則禁止され、連絡は監視され、この技術棟からの外出すら申請がいる。
その代わりに特別な役職を作りそこに据え、研究に必要な費用と施設と人員を国が用意している。
「リーリ、ひとついいことを教えてあげる」
リーリがリュート様の方を向く。
「研究課に、僕のもとで研究したいって希望者はもともと何人かいるんだ。みんな個人研究の時間を確保して、定期的に部長経由で僕宛にレポートを出してくるし、たまに君みたいに話に来る。……君の発想力は彼らに負けてない。まずは先輩達の背中を見て学べるものを学んでおいで」
研究課との勉強会もたまにやってるからね、と話すリュート様。確かに月に一度くらい勉強会はあるし、終業後もよく研究課の誰かがリーリのように話に来る。
あまりにも多くてリュート様本人の研究と体調に響いたので一時期出禁にしたが。
リーリはリュート様のお話をしっかり聞き、真剣な表情で軍式の一礼をした。
――――――――――――――――――――
いろいろと気に病んでいたことを話せてスッキリしたのだろう、話を終えたリーリが部屋を出ようとして、何かに気付いたように振り向く。
「そうだ、サンビタリア様!私は、あなたが目を覚ますまで顧問室を出ようとしなかったリュート様にお食事を届けに来てただけです。
なのでリュート様とずっと一緒にいたわけではないですからね!それに故郷くにに想い人がおります。どうかご安心ください!」
「……え、えぇっ!?」
詳細を聞き出す前に、パタンとドアが閉まった。
……なんというか、嵐のような子である。
思わず呆けていると、リュート様の咳払いが聞こえる。
そちらに目を向けると、まっすぐにこちらを見ているリュート様と目が合った。
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