変化:昼
実験場は技術部棟のなかでも奥まったところにある。
地下2階から地上3階まであり、実験の内容や秘匿の重要性に合わせてどの階のどの部屋を使うかが決まってくる。
今日の実験は日常魔法に分類され、かつ火魔法を使用する予定のため3階の小実験室を借りる予定だ。
階段を3階まで登り切ったところで、いったん息を整える。
ここからは更に注意して振舞わなければならない、何故ならば……。
小実験室のドアの前に立つと、可愛らしい話し声がこちらまで漏れ聞こえてくる。
キィ、と小さな音を立てて扉を開くと、リュート様と一緒にリーリがこちらを向いた。
「サンビタリア、部長への書類提出ご苦労さま。記録係よろしく」
「サンビタリア様!本日はどうぞよろしくお願いいたします!」
今日は日常魔法を魔道具に組み込むための出力実験。火魔法を使うので、相性がよく一定の出力で術式を起動できるリーリが実験協力者になることは何週間も前から決まっていた。
まだまだ試作する前段階、仮組の機器と魔法陣に魔力をとりあえず流して動きを確認するという主旨だ。
――――――――――――――――
「やっぱり出力の可変が難しいね……」
「リュート様、これやっぱり出力じゃなくて入力で可変するべきですよ。魔石から吸い上げて変換する魔力量を変えるようにして――」
「言いたいことはわかるけどそうすると計算式が――――」
リュート様はリーリの質問や意見に嫌な顔一つせず……それどころか饒舌に答えながら実験を進めていく。
今日実験している魔道具用の術式は、いわゆる暖房機能の向上用のものだ。
暖炉や既存の魔道具でも部屋を暖めることは出来る。しかし暖め過ぎたら薪の量を減らしたり一度燃料の追加をやめたり、冷えてきたらまた燃やしたりと室温調整にはどうしても人の手がいる。そのため自動で一定の室温を保てるように調整する機能をどう備えるか。実験しながら議論を重ねていく。
リュート様のネームバリューからすると意外に感じるくらい日常に特化した研究だが、むしろリュート様はそういった市井の全員が便利に豊かになるものを考える方が好きな方だ。
曰く”天才をそのまま調査してもすごいことが分かるだけで何の面白みもないよ。でも調査を通して、どうしてすごいのか何が起きているのかを理論建てた上で、それを普通の人間が使えるようにするにはどうすればいいか考える方のはすごく面白い”らしい。
「この金属って何のために組み込まれてるんですか?」
「肉眼では分かりづらいけど、気温によって一定の長さで伸び縮みする特徴のある金属なんだ。だからこの金属とこっちの針の位置関係で室温の設定と調整をしようとしてるんだけど……木箱の中では出来ても小実験室だけと難しいね。こっちの術式を試そうか」
「こちらは……んん?火魔法よりも光魔法と……風魔法の組み合わせを重視してるんです?」
二人は本当に楽しそうに実験を進めていく。リュート様も気だるげな表情のままだが、それでも心なしか雰囲気が明るかった。
そんな二人を横目に、私は黙々と記録紙に実験内容と結果についての記録をしたためていく。
実験はその場限りの成功だけが大事なのではない。偶然の中で生まれる発見も沢山ある。
だから追試可能なように、リュート様以外の人間が行っても同じ結果が得られるように詳細に記録しておく必要がある。大変重要な役割なのだ。
リュート様は私を信頼してくださっており、記録も始めに軽く確認しただけでほとんど任せてくださっている。
リーリと話すリュート様、朝のリーリの話、ゼフト部長の話、使いこなせない回復術式、頭の中を色々なものが去来する。
信頼されている、そのはずだ。リーリと居る時の方がどんなに楽しそうだったとしても、いまリュート様に信頼されている補佐は私だ、私なんだ……!
「サンビタリア」
「っっはい!」
ぐるぐると思考の波に呑まれかけた時、急にリュート様が私を呼ぶ。記録の内容には不備がない自信はあるけれど、何か見逃した……?
何かやってしまったのかと血の気が引いていく。リュート様はそのまま私に近づいてきて、顔を覗き込んできた。
「顔色がよくない。体調悪い?あの量の計画書一晩で書いてくるなんて驚いたけど、やっぱり寝てない?」
「申し訳……え?」
絶対に何かやってしまったのだろうと思い反射的に謝りかけるが、言われた内容を咀嚼して驚いた。
リュート様が心配してくださっている?私を?
喜びと申し訳なさが一度に押し寄せる。心配していただけて嬉しいけど、実験を止めさせてしまったことが本当に申し訳ない。
『貴方の側を離れたくなくて悩んでいただけです』なんて言えない……!
「ご、ご心配をおかけして申し訳ございません。確かに徹夜しておりますが、記録に支障はございませんので!」
そう言いながら、記録紙をリュート様に提示する。とりあえず徹夜したという話に便乗したけれど、これはこれで一度徹夜したくらいでこんなに消耗するなんて役立たずだと思われたらどうしよう。
「やっぱり寝てないのか……」とぼそりとリュート様がおっしゃったけど、聞こえない振りだ。
「ちょうど試験術式の第2まで終わったところだし、少し休憩しようか。サンビタリア、お茶は僕が淹れるよ。折角だから例のお茶の淹れ方を教えて?」
いうが早いか、リュート様は持ち込んでいたお茶セットとお茶缶を手際よく準備していく。
「りゅ、リュート様っ!私が淹れますので」
「ダメ、キミは座って。僕の隣で淹れ方を僕に指導すること。いいね?」
ほ、本当に嬉しいけど申し訳なさでどうにかなってしまいそう……!
私の体調を気遣ってくださっているのだど、いくら鈍い私でもわかる。リュート様のお茶は本当に嬉しいけれど、それよりもくだらない思考のせいで実験を完全に止めてしまった罪悪感が自分の中で大きくなる。
「リュート様、ご心配には及びません!すぐに回復術式をかけますので……!」
そういって状態異常回復の術式をかけるが、眩暈と頭痛が増えた。だからどうしてなの……!?
泣きそうに……というか半泣きになりながら、何度も術式を自分にかけなおすが比例して眩暈と頭痛がどんどん酷くなる。
「よせ!サンビタリア!」
ガっとリュート様に手首を掴まれる。その力の強さに細身に見えるけどやっぱり男の人なんだなぁ、と場違いなことを考える。
気が付けば、眩暈のせいか私は床に座り込んでいた。まだ頭がぐわんぐわんと揺れている。肩にあたたかい大きな手がまわされる。
「私が……」とリーリの声が一瞬聞こえるが、すぐにリュート様の声でかき消される。「ダメ、下手に術式をかけない方がいい。キミはゼフトに――」
相変わらず頭のなかで鐘でも鳴っているかのように、ぐわんぐわんと眩暈と頭痛が響く。段々と視界が白くなっていく。体に力が入らない。
「りゅーと……さま……」
実験の……邪魔だけは……した、く、な い の に ――――――
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