日常:午後

会議から戻り軽く執務をし、昼食を頂く。


昼食中に何人かリュート様への書類確認の人間が来たので、代わりに対応する。




内勤用の制服から活動用の制服に着替えたら、次は訓練指導だ。




リュート様は深い知見と魔術的な視点において鋭い観察眼をお持ちのため、他者の魔術的な長所・短所や訓練方法を的確に見抜き指導することができる。実際に指導を受けて大成した者も多い。


しかしお忙しい方なので、国立軍全員を見る教官になるわけにはいかない。故に特に才能のある若者たちだけが集められ、リュート様から指導を受ける機会を得られるのだ。


今日は第二部隊に所属する有望な若者たちを指導するのだが……。




「リュートさま〜!わたし、倒し終わりましたっ!」




サイドでまとめられた柔らかな亜麻色の髪を揺らしながら、愛らしい少女が微笑む。やや幼さが残るふんわりとした雰囲気は、花畑で花冠を編んでいるのが似合いそうなくらい柔らかい。


しかしながらその背後では、彼女が放った豪炎により魔獣が消し炭になっていた。


リリーバリー・ローゼス……元平民で男爵家に養女として迎えられた少女。魔力量は魔術団の中では比較的多い、という程度だが特筆すべきはその出力調整の繊細さ。


蝋燭やランプにつけるような細い火から魔獣を燃やし尽くす豪炎まで、彼女は息をするように使いこなすことができる。


皆から「リーリ」と呼ばれるこの少女もまた、間違いなく天才だった。




今日の指導内容は魔獣の討伐訓練。「水の聖女」の生み出す霧のおかげで国境付近の魔獣は弱体化しており、生捕りにして訓練指導に用いるのは珍しくない。


(弱体化しているとはいえ、一撃で倒すなんて……)




すぐに倒し終わったリーリはリュート様の隣で他メンバーの奮闘を見ているようだったが、残念ながらそちらの方ばかりを見てはいられない。




「あっ……?」


討伐訓練中の候補生たちを注意深く見まわしていたら、かすり傷を負っただけと気にせず戦っていた男性が急に声をあげ、カクンと膝をついた。


私はすかさず走りより解呪と回復の術式を施し声をかける。




「物質的な神経毒ではなく呪いの類です。呪いの侵食に気付けていなかったようなので、次からはご自身の状態を常に意識の端で気にかけるように」


「は、はいっ!」


男性はすぐに返事をし、また魔獣に対峙する。




リュート様は基本的には手を出さない。適切な指導をするため各人を常に観察する必要があるためだ。


候補生の回復や緊急時の戦闘への介入は私がやらせていただくのがいつもの進め方。


その後も何人かのサポートに入り、その甲斐あってか誰も大きな怪我なく訓練は終了した。




――――――




「サンビタリア、呪いの対処本当に上手くなったね」




本日の指導対象者5名にリュート様が改善点反省点など伝え解散となった後、何故か褒めていただいた。




…………っ生きててよかった……!


と心の中で絶叫する。嬉しい、本当に嬉しいのだが……私ごときにはもったいないお言葉に後ろめたさが勝つ。




「いえ。私などまだまだです。最近は弛んでいるのか術式の効きがあまり良くなくて……」


リュート様のお言葉を否定するなどおこがましいにもほどがあるが、分不相応なことをそのままにもしておけなかった。


最近は疲労回復に特化した術式を自分にかけても、なかなか疲労感が抜けない。場合によってはリュート様にかけさせていただく事もあるのに情けない。


もっともっと精進していつでもお役に立てるようにしておかないと……!




「それって――」


「リュートさまーっっ!!」


リュート様が何か私に声をかけようとしてくださったタイミングで、紙の束を抱えたリーリが割って入ってきた。




「リリーバリー・ローゼス!上官への態度を考えなさいといつもお伝えしているでしょう!それにリュート様の貴重なお時間を当たり前のように割いていただこうとするなど不敬にも―」


「構わないよ」


「大変失礼いたしました、リュート様」


補佐としてリーリに対応しようとするも、リュート様の声掛けですぐに控える。リュート様がおっしゃれば黒いカラスも白くする気概である。


――それに、紙の束を見てリュート様の目がキラリと輝いたのも気付いてしまった。




「リーリ、今度はどの内容?前回の続き?」


「前回のはリュート様にコテンパンにやられたので没です!もっかい構築してリベンジするまで待っててくださいっ!今回はこの間の理論を考えてる時に思いついた内容で……」




リーリは訓練の後、いつも何かを持ってくる。


それは論文の草稿のこともあれば何かを思いつくまま書き殴ったメモ紙、読み解ききれなかった古語の魔術書など、多岐に渡る。


そしてそれを基にリュート様から解説を受けたり議論を交わすのが第二選抜部隊訓練後の定番となっていた。議論を交わす彼女は意欲的で、いつものふんわり可愛らしい雰囲気はなりを潜め、力強く生き生きしているように見えた。




リュート様をそっと見ると、とても楽しそうに聞いている。


でも、本当に時間がないのだ。今日中に指導した5人の報告書と次回指導までの自主訓練計画と次回指導時の計画案まで、全て作成し提出しないといけない。


今日は姉の件で実家に戻る必要があるため残業も難しい。心苦しいが……。




「リュート様、もしよろしければローゼスとお話しされる前に少しお時間を頂けますか。口頭で本日の報告内容をおっしゃっていただければ書面にまとめますので……」




恐る恐る話しかけると、リュート様は少し考えた後、リーリの方を向いた。


「リーリ、君も今日の報告書があるでしょう。よければ僕の執務室で書かない?そうすればお互い仕事が終わった後気兼ねなく話せる。こっちの仕事が終わるまで、仮眠室の文献好きに読んで待ってていいよ」




目をキラキラと輝かせたリーリは、満面の笑みでハイっと答えた。

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