日常:朝2

「――以上が午前の予定です。午後は第二選抜部隊候補生の訓練の後に訓練報告書と指導内容の調整、提出。本日は以上となります」




黙々と食事をしながら本日の予定を聞いていたリュート様が、ふと顔を上げる。


「あぁ、今日は第二……リーリがいる所か、楽しみだな」




ほ、微笑むリュート様!!超絶レア!!!


魔術と研究が大好きなリュート様は、それ以外にあまり興味がない。そのため普段はあまり表情が変わることなく気だるげなお顔をされていることが多い。


こんな風に微笑むのは研究が佳境に入ってノってきてる時くらいなので、大変貴重なのである。


眼福……!生きててよかった!!!神様ありがとうございます!!!――微笑みの理由である女性の顔が一瞬浮かんだが、すぐに頭の隅に追いやった。




午前は会議。場所が王城の執務棟のため軽く打ち合わせをした後、登城用にリュート様のお支度を手伝う。


王族は出席されないので正装まではしない。外出用のジャケットを羽織り髪を流すようにセットしたリュート様からは知性と男性的な魅力が滲み出ておりとてもかっこいい。


我ながらいい仕上がりであると自画自賛しつつ、リュート様と馬車用のポーチへ向かう。


いま我々が居るのは王都にある国立軍の事務・技術系の施設がまとまった敷地であるため、王城までは馬車移動だ。




馬車が出発ししばらくすると、リュート様が口を開く。




「サンビタリア、キミの姉上の協力は得られそうか?」




リュート様の件以外に、この国には常識がいくつかある。最も有名なものは『サンビタリアの水の聖女』だ。


仮にリュート様を知らない人がいたとしても、水の聖女を知らない人は幼子だろうとまず居ない。




そしてその水の聖女は、何を隠そう私の姉である。


姉はリュート様を超える……一説には人類史上最強の魔術師と呼ばれる人だ。


最も特徴的な話をすると、姉は「聖水」をいくらでも無から生成できる。本来、一般的な聖職者が聖水を作ろうとする際は、聖木片を沈め月の光を浴びせた水に光属性の魔法を数時間かけて施す必要がある。


にもかかわらず、姉にかかれば魔法陣もなく、詠唱もせず、頭の中でイメージすれば空のコップが一瞬で聖水で満たされる。


正真正銘、本当に何もないところから聖水が生成できてしまうのだ。前代未聞すぎて聖職者も王侯貴族も頭を抱え、幼い頃は存在自体なかったことにしようと暗殺されかけたこともあるらしい。




しかしながら姉は本当にすごかった。


刺客をあっさり蹴散らし、更に国境をぐるりと囲うように霧を――聖水で作られた霧を発生させたのである。そしてその霧は、今日に至るまで約十年間一度も、一瞬たりとも消えたことはない。


姉曰く「これくらい負担にもならないし寝てても発動できる」らしい。実の姉だがさすがに人外か何かかと思った瞬間である。


結果として、姉は対魔獣の国防における要としての地位と「水の聖女」の称号を得た。




しかしこれで「めでたしめでたし」とはならない。


姉は人間なので寿命でいつか死ぬ。


なので姉の聖水生成を解析し、後世でより一般化できるように研究したがっているのがリュート様なのである。


そのためリュート様は数年かけてずっと、サンビタリア家をはじめとする多くの相手と水面下で交渉と準備を続けてきた。


国境周辺の調査をし、辺境伯と話し、国上層部と話し、研究の必要性の理解を得て外堀を埋め、ようやくサンビタリア家と表立って交渉できるようになったのだ。


教会上層部は技術の大衆化について面白くないらしいが、国上層部は国防技術として他国に売ったり交渉に使いたいのでリュート様の研究を支持している。




私を補佐に据えたのも、実家への交渉を円滑に出来るようにという意図なのはわかっている。


私はリュート様に改めて向き直り答えた。




「姉本人の了承は口頭ですが取れております。ただ、サンビタリア家当主たる父の了承と書面をまだ頂けておりません。本日その件で父によばれておりますので、終業後に実家に向かいます。」


「わかった。何時でもいいからサンビタリア家から戻ったら結果についてすぐに知らせて」




リュート様はそう言うと、私から目を逸らして考え事をし始めた。


お父様とお話しが終わったらすぐ帰ってこよう。リュート様は何時でもいいとおっしゃってるけど夜中に起こすのも申し訳ないし、リュート様の睡眠時間を確保しなきゃ……!




誓いと気合いを新たにしたタイミングで王城に到着したので馬車を降りると、晴れ渡る空が目に入った。

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