このまま失恋すると思ってました

@yo-ko_yamama

日常:朝

朝起きて身支度を整え、内勤の制服に身を包み女子寮を出る。




食堂を経由して食事の一式を受け取る。向かう先は私の職場、国立軍魔術団技術部顧問室。


扉を開けてすぐにあるのは応接室。テーブルに食事を一旦置き、整った調度品たちの間を通り過ぎて隣の執務室に入る。


今度は山積みの書類たちに出迎えられるがそこも更に通り抜け、仮眠室とは名ばかりの『あの方』の事実上の私室にそのまま進む。




3回ノックして、返事がないことを確認したら静かに扉を開く。執務室より更に沢山の文献と書類と研究資料が、ベッドまでの道筋以外に散乱している。


また片付けなきゃ、などと考えながらベッドで静かに寝ている『あの方』――私の上長であり、この部屋の主の顔を覗き込む。


顔色は悪くないし、さっき寝付いたという様子でもない。起こしても大丈夫だろう。




書類や資料、本たちが傷まないように一つしかない窓のカーテンを開け陽の光を入れると、暖かな色合いの赤茶髪が輝き、美しいかんばせを照らし出す。


眼福な光景に頬がゆるむのを我慢しつつ、私は声をかける。




「リュート様、朝でございます。本日も一日よろしくお願い申し上げます!」




この国にはいくつか常識がある。


そのうちの一つが『リュート・トゥルペという天才の存在』だ。


人並外れた魔力を有した上に'これが出来れば一人前を名乗れる'と言われている魔術書を5歳で修了する技術力を持ち、更に数々の混合術式や新術式を開発した天才。


才能を買われて子爵家から侯爵家へ養子に入ったが、その立場も怜悧さを醸し出す美しいお顔を活かすつもりもない。


何よりも魔術と研究が大好きなリュート様。


好きすぎるあまり寝食を疎かにしてしまいがちなので、補佐である私が日常のお手伝いもさせていただいている。




リュート様がゆっくりと目を開けこちらを見る。髪と同じ赤茶の瞳に見つめられ、身体が歓喜に包まれる。


少し寝ぼけた様子で数秒止まっていたが「ああ、サンビタリアか」とゆっくり体を起こし始める。その気だるげなお顔とお姿、なんて素敵なの……!!!




リュート様を起こすという眼福かつ役得を終えた私は、そのまま流れるように洗顔用の水盆とタオルを用意して一度仮眠室を出る。


応接室に仮置きしたリュート様の朝食を仮眠室へお持ちし、水盆やタオルを片付けるため再度退出。


私が改めて部屋に戻る頃には、着替えを簡単に終えてお食事をし始めているリュート様の姿があった。


先ほどまでよく見えていた赤茶の瞳も美しいお顔も、いまは分厚い眼鏡の向こう側だ。


部屋に戻った私をリュート様はチラッと見ると、そのまま食事を続けた。


私を全く気にしておられないその様子に、リュート様の日常の一部になれた気がしてすごく嬉しい。




右手で握りこぶしを作り、左肩にあてるように構える軍式の簡易礼の後、私の本来の職務であるリュート様の補佐としての仕事が始まる。


「本日の予定を申し上げます――」




私はカレン・サンビタリア


魔術において国に貢献してきた伯爵家の次女。


今はリュート様のお役に立つために生きている。


私にとって、リュート様の日常的な身の回りのお世話もお仕事のお手伝いもできるこの仕事は天職なのである。

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