第33話 カロリーネの思い
王太子夫妻はすでに書類上は夫婦となっていたのだが、正式にお披露目をする場として今日という日が設けられることになったのだが、パーティー会場内は、それは豪奢で特別に華やかなものとなっていた。
多くの国々の人々が来賓するということもあって、宗教や文化について深く理解していないと粗相をすることも多くなる。その為、クラルヴァインの王都にある役所からは、外国人向けのトラブルに対応するために雇われたスタッフが呼び寄せられて、通訳兼アテンド役として活躍することになったのだった。
当初、王都を専門に取り扱う役所を王太子妃であるカサンドラ主導で作り上げた時には、
「横暴にも程がある!」
「王太子妃殿下は行政など何も分かっていないのに!勝手をするにも程がある!」
「何が鳳陽方式だ!重大なことを決めるのは身分高き者の役目だというクラルヴァイン方式を蔑ろにするにも程がある!」
と、多くの人間が文句に文句を重ねたのだが・・
『カサンドラ妃のお陰で多額の賄賂を払わなくても書類は審査されるようになったのだ!これはクラルヴァイン王国の新たな幕開けを意味することになるだろう!』
と、新聞で大々的に掲載されるようになってから、明らかに風向きが変わってくることになったのだ。
今までは『賄賂』ありきの行政のやり方だった為、まともな人間は排除され、貧乏人にはチャレンジすることも許さないやり方が当たり前のようにまかり通ってきたわけだ。
王都の役所には王宮で勤めていた下級貴族の次男三男が引き抜かれることになったのだが、彼らが職場を離職する際に、賄賂に賄賂で濡れ手に泡状態の貴族たちを告発した。そのことから、王宮の官吏たちの意見も尻すぼみする形となった上に、あの断罪パーティーが行われることになったのだ。
あっという間に裁判は進められ、公開処刑までもが行われることになり、多くの者が震え上がることになっただろう。カサンドラ王太子妃は『やる気がない王太子妃』とは言われているが、従来通りのやり方については全くやる気がないだけで、やる時には間違いなくやってしまうような女なのだ。
結果、カサンドラの最側近であったコンスタンツェは『社交の青薔薇』と呼ばれるようになり、カロリーネは『王太子妃の意思を継ぐ者』として、バリバリ商売に邁進しているような状態になっていた。
「カロリーネ嬢、私と一曲、踊ってはくださいませんか?」
「カロリーネ嬢、私とも」
「カロリーネ嬢!是非!」
バリバリの女起業家となったカロリーネは空前のモテ期が到来したのだが、全員がカロリーネが背負っている事業と金目当てにしか見えない為、彼女自身はドン引いているような状態だった。
「失礼、私の妹はまだ・・ダンスを踊りたいとは思えない状態なのだよ」
あっという間に取り囲まれるカロリーネを如才なく救い出した兄のエドガルドは、
「まだ、妹の心の傷は癒えていないのでね」
と言って、さっと人混みの輪からカロリーネを救い出してくれたのだが・・
「この方法が有効だからこそ、ここまで私は妹を守ることが出来たのだな」
という兄の呟きがカロリーネの耳元にまで届いてきた。
カロリーネは学生時代に、隣国モラヴィア侯国のドラホスラフ第三王子と婚約関係にあったのだが、学園を卒業後、第二王子が急死したことによって結婚が延期することになってしまったのだった。
隣国では王太子のサポートを第二王子が行っていたのだが、その第二王子が亡くなったことにより、今度は第三王子であるドラホスラフが王太子を助けなくてはならなくなった。国政に関わるようになる王子の伴侶は第二王子の婚約者が相応しい。そんな意見が大きくなる中で、ドラホスラフとカロリーネの繋がりは途切れる形となったのだ。
未だに書類上は婚約者となっているため、カロリーネの父は婚約は解消するのかどうするのかという問い合わせを行ってはいたのだが、返事が返ってくることはなく、そのうちに、
『ドラホスラフ殿下、第二王子の婚約者だったマグダレーナ嬢と婚約決定!』
という内容のものが新聞のスクープ記事として発表されることになった。そのため、世間一般の人間はカロリーネの結婚は霞となって消えてしまったし、傷心のあまり恋愛については後ろ向きとなっているというように考えている。
新聞の記事を読んだカロリーネは、
「まあ・・そうでしょうね」
と、思ったし、
「本国と隣国では色々と法律も違いますし、婚約解消のやり方も違うのでしょう。きっと、両国間で結ばれた婚約だとしても、向こうが『なし』としたのなら、書類の修正や訂正がなくても『なし』になるのでしょう」
とも思ったのだ。
だから、今現在、カロリーネは婚約者がいない。
王太子妃カサンドラの懐刀、王太子妃の意思を継ぐもの、色々な言われ方をされているけれど、『仕事ばっかりのオールドミス予備軍、手の中で転がして妻にしたら、金も稼ぐし丁度良い存在』傷物扱いの令嬢、それがカロリーネなのだ。
兄はカロリーネの心が今も傷ついていることを引き合いに出して、有象無象の男たちを退けてくれているのだが、彼らが心の中で何を考えているのかなんて分からない。精々、美味しい金蔓程度にしか考えていないだろう。
そもそも、カロリーネはドラホスラフ王子のことを愛していたのだ。自分が注目を浴びないようにと長く伸ばした前髪も、その前髪の間から覗く理知的な瞳の色も深く愛していたのだが、婚約を解消にするにしても、別れるにしても、手紙ひとつ送ってこない男なのである。
「男なんてサイテー」
そう結論付けたカロリーネは、結婚をしてクソみたいな男の犠牲となって生きるよりも、自由に商売に邁進する未来を選ぶことにした。確かに、幸せそうなコンスタンツェや、なんだかんだ言ってアルノルト王子にゾッコンのカサンドラを羨ましいとは思うけれど、自分にはそういう生き方が合わなかったし、縁がなかった。それだけの話なのだ。
「カロリーネ、僕はちょっと挨拶をしてこなくてはならない人が居るから、君は少し休んでいなさい」
兄のエドガルドにそう声をかけられて、カロリーネはハッと我に返った。
周りは結婚ラッシュ、遂に、あのカサンドラまで結婚式を盛大にあげたのだ。
カロリーネは自分自身は独身主義だからと嘯いてみても、心の中にはポッカリと大きな穴が空いたままなのは間違いなく、他人の幸せが『羨ましい』を大きく乗り越えて『憎しみ』になってしまいそうになる自分自身に嫌気がさす。
「顔色が悪いよ、少しここで座っていなさい」
兄はそう言って会場からはあまり目が届きづらい場所に置かれたソファにカロリーネを誘導すると、
「飲みものを取ってきてあげるから」
と言って慌てたように踵を返したのだった。
他人から妖精のように可憐で美しいと言われることが多いカロリーネに兄のエドガルドは良く似た面立ちをしているのだが、女性からの人気はない。それは何故かと言うのなら、エドガルドはぽっちゃり太ってふくふくもちもちしているからだ。
妹の面倒をよく見てくれる素晴らしい兄なのに、周りの女性の見る目が無さすぎることに少なからずショックを受けているカロリーナは、
「はーーーーっ」
大きなため息をつきながら自分の額を抑えたのだった。
少し休んだら着ているドレスを見せびらかして、他国からやってきた貴婦人たちをヒイヒイ言わさなければならない。周辺諸国は未だにコルセット着用を続けているのだが、目をギラギラさせながらコルセットなしのドレスに視線を送っているのを知っている。
周りの幸せに動揺している場合ではない!カロリーネ!貴女には今何があるの?見てみなさい!貴女にはドレスがあるでしょう!ドレスを売って売って売りまくって!大金持ちになってやるのよ!それがカロリーネ!今の貴女がやるべきことなのよ!
心の中でカロリーネがひたすら奮起をしていると、
「レディ、大丈夫ですか?お加減が何処か悪いのですか?」
と、頭上から声が掛かってきたのだった。
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カドコミ・コンプティーク様にて『悪役令嬢はやる気がない』(高岸かも先生 漫画)で掲載!ネットで検索していただければ!無料で読めます!こちらも読んで頂ければ幸いです!本日も2話更新します。
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