第34話  モラヴィア訛りの人

 同じ国内でも言語の訛りはあったりするものの、クラルヴァインとモラヴィアは同じ言語を使いながら、アクセントの部分が違ったり、言い回しが違ったりすることが非常に多い。モラヴィア人はクラルヴァイン人の言葉を『クラルヴァイン訛り』と呼ぶし、クラルヴァイン人はモラヴィア人の言葉を『モラヴィア訛り』と呼ぶ。


「レディ?どうされましたか?あまり具合が悪いようでしたら誰か呼びましょうか?」

 焦茶色の髪を短く切ったその人は、心配そうにカロリーネを見下ろしていた。

「いえ、大丈夫です」

 カロリーネは笑みを浮かべて答えた。モラヴィア訛りで声をかけられた為、一瞬、心臓が跳ね上がって言葉が出なくなっただけなのだ。


「もしかして、モラヴィアの方ですか?」

「ええそうなんです」


 おそらく護衛も兼ねた官吏なのだろう、モラヴィア式の正装に身を包みながら、筋骨逞しいのが少し見ただけでもよくわかる。目が細く、茫洋として印象を持つ顔立ちの男性で、人の良さそうな笑顔を浮かべながら気遣うように言い出した。


「パーティーに参加されるレディは時々、コルセットの苦しさに眩暈を起こすことも多いため、それが原因で具合が悪いようであればすぐに人を呼ぼうと思っていたのですが、貴女はそういうことでは無さそうですね」


 モラヴィアの貴婦人が着用するのはコルセット着用のドレスなため、確かに、パーティーの途中で具合が悪くなるレディも居るだろう。


「我が国もつい最近までは同じように具合が悪くなるレディも居たのですが、最近はコルセットなしが主流となっているため、コルセットが原因で具合が悪くなる・・という事は起こりませんね」


「それはそうでしょう、コルセットをつけていないのですから」

 男は何度も頷きながら言い出した。

「実は、コルセットをつけないドレスと話に聞いて、若い女性であれば可能であろうと思ったのです。だけど、ちょっとお年を召した方だとどうなるかな〜と思っていたのですが、正直に言って、僕の期待を裏切る形となっています」


「良い方に?それとも悪い方に?」

「それはもちろん、良い方に裏切られました」


 男がにこりと笑ったので、カロリーネも思わず笑みを浮かべる。

 年齢を重ねれば重ねるほど、肉は下にぶら下がり、腹回りの肉は余計に多くなっていく。その余分な肉をコルセットで押し潰していたのが従来の方法だったのだけれど、コルセットなしでスリムに見えるドレスを作るのはそれは大変な作業ではあったのだ。


「年齢別にドレスの形を変えていますよね?」

「まあ!おわかりになりました?」


 人魚の(マーメイド)ドレスは細い人ほど上半身はフィットさせ、体の線が緩やかな人ほど、胸周りや腰回りがタイトでありながらゆとりを持って作っている。体の太さ細さで膝下から裾に広がる生地の質を変えて、視線が下に固定されることで全体的にバランスが取れたものになるように配慮に配慮を重ねている。


「男の方は、ドレスなんて誰が着てもどれもこれも同じだと言うように感じられることが多いと思いますのに・・」

「珍しいですかね?」

 男はつるりと自分の顔を照れたように撫でると、ウェイターが運んでいたグラスを二つ手に取って、その一つをカロリーネに渡して来たのだった。


「僕は誰が着ても、どれもこれも同じだと言い出すような朴念仁ではないですよ?貴女のドレスも本当に素晴らしい。それこそ、今日の主役であるカサンドラ王太子妃に負けずとも劣らぬ素晴らしさだと思います」


 カクテルが満たされたグラスを渡してきた男は、カロリーネ自身ではなくドレスを褒めてきたのだが、それがカロリーネには嬉しかった。


 目が細くて望洋とした顔立ちで、カロリーネの兄のように女性からの人気は低いかもしれないけれど、こういった容姿の人の方が、結婚をするのなら良いのかもしれない。


 カサンドラの夫となるアルノルト王子も、コンスタンツェの夫となるセレドニオも、ギラギラ色の髪色だし、顔だって整いすぎている方だと思うけれど、そうじゃない、そうじゃない。結婚するならギラギラ美形の男よりも、こんな男の方が良いのかも・・・


「モラヴィア訛りじゃなかったら良かったのに・・」

 カロリーネの小さな呟きは男の耳にまでは届かなかったようで、

「レディ?何か仰いましたか?」

 小首を傾げて尋ねながら、男はグラスをカロリーネに差し出した。


 ああ・・本当に、モラヴィア訛りじゃなかったら良かったのに・・その喋り方の癖が、思い出したくないあの人を思い出すから・・


「カロリーネ、君にこの酒は強すぎる」

 受け取ったグラスを眺めているだけで涙がこぼれ落ちそうになる。思わず俯きながら自分の唇を噛み締めていると、持っていたグラスがさっと取り上げられてしまったのだった。


「こちらの方が君には合っている」

 そう言って渡されたグラスには、液体の中に小さな気泡とピンク色に滲んだ小さな苺が沈んでいた。


「インジフ・ソーチェフ、お前は一体何をしている?まさか私の婚約者にちょっかいを出そうとしている訳ではないよな?」

「ま・・まさか!殿下が来るまでお守りしていたのではありませんか!」


 インジフと呼ばれた男は慌てたように言い出した。

「レディを狙うハイエナの多いことときたら驚くほどですよ!食い荒らされることがないよう、ここで番犬をしているというのに!」

「奴らは顔を出したか?」

「この目では見ていませんが、潜り込んでいるのは間違いないです」


 聞き馴染みのあるモラヴィア訛りを耳にして思わずカロリーネが顔をあげると、涙が一粒、カロリーネの頬を流れる。その涙を見下ろしたドラホスラフは、指で涙を拭うように頬を撫でながら、

「貴様、カロリーネに一体何の話をした?」

 と、ドラホスラフが怒りの声を上げた。



     *************************



 カドコミ・コンプティーク様にて『悪役令嬢はやる気がない』(高岸かも先生 漫画)で掲載!ネットで検索していただければ!無料で読めます!こちらも読んで頂ければ嬉しいです!明日、2話更新をしてクラルヴァイン編は終了となります。最後までお付き合い頂ければ幸いです!!

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