第18話  魚のドレス

 海賊サンジーワの妻、アクシャは頭を悩ませていた。満を持してパンジャビドレスの店を開いたのだが、シンハラの民族衣装でもあるドレスはちっとも売れず、売れたとしても小物程度のもの。


 売り上げと家賃を計算してみれば、明らかに家賃の方が高い赤字状態。外国人街は店を開いてから三ヶ月間は税金免除と決められているけれど、今後、税金も払って家賃も払ってでは大赤字となってしまうだろう。


「サンジーワにはあれだけ大見得を切って店を開いたのに・・」


 異国での海賊退治ということで、サンジーワもその手下たちも家族を帯同した状態でクラルヴァインまでやって来たのだが、男たちが海に行っている間は、女は刺繍でもしながら待つしかない。それは、いつでも何処でも同じこと。


 だったら、手下の妻たちを率いて一発商売で当ててやろうじゃないかと思っていたのだが、パンジャビドレスはクラルヴァインではウケなかった。だけど・・

「なんて素晴らしい刺繍かしら!」

 通りがかりの貴族の令嬢がチュニックを手に取って、

「これは使えるかも!」

 と、言い出した時から、アクシャの運命の車輪がぐるぐると回り始めることになったのだ。


「カロリーネさま!カロリーネさま!」


 新聞に目を落として返事もしない令嬢を見下ろしたアクシャは、問答無用で令嬢が持つ新聞を叩き落とした。

「新聞なんか読んでいる暇ナイネ!さっさと、ドレスのチェックお願いしま〜ス!」

 三日徹夜のアクシャの顔は酷いことになっているし、周りに控えるお針子たちの顔も酷いことになっている。


 最近、ある貴族に目をつけられて倒産寸前となっていたオートクチュールの店『バルマン』で働く針子がクラルヴァイン人半分、外国人半分という状態になっている。その針子たちはここ最近、死相が出るほど働き続けているのだった。


「アクシャが言っている通りですよ!カロリーネ様!新聞なんか読んでいる暇なんかありません!カサンドラ様のドレスの確認お願いします!」


 バルマンのオーナーであるマダムカテリーナが、半泣きになりながら言い出した。


「鳳陽の皇后様へのドレスを作るのでも一年がかりの大プロジェクトですのに、クラルヴァイン王妃陛下に王太子妃殿下のドレスまで作るのですもの!我がメゾン始まって以来の窮地を救ってくれるのは有り難いですが顧客が凄すぎる!凄すぎますわよ!」


 マダムカテリーナは新進気鋭のドレスデザイナーだったのだが、売り上げを上げていくに従い老舗のメゾンからの嫌がらせが酷くなり、そうしているうちに大きな圧力を受けて倒産寸前にまで追い込まれることになったのだった。


 そのマダムカテリーナに一番最初に声をかけたのが王太子妃カサンドラで、コルセットやトリノリンを着用しない、妊婦用のドレスを作って欲しいと言われたのだ。カサンドラは鳳陽の皇后にドレスを再度贈る予定でいるため、こちらの方もクラルヴァインと鳳陽の文化を融合した形で作り直して欲しいのだと言われている。


 そこでカサンドラが監督官として連れて来たのが、エンゲルベルト侯爵家の令嬢であるカロリーネ嬢であり、そのカロリーネ嬢が連れて来たのが巧みな刺繍技術を持つシンハラ人のアクシャだったのだ。


そうこうするうちに、王妃様までコルセットなしのドレスが欲しいと言われた為、そちらの方の注文まで受けることになったのだ。とにかく、忙しくて忙しくて仕方がない中で、

「う〜ん・・」

 と、監督官のカロリーネが納得いかない様子で唸り出したのだった。


「「「なんにせよ!時間がないのです!」」」

「「「どうするんですか!」」」


 目が血走っているお針子たちが不敬も恐れずに声を上げていると、

「アクシャー!アクシャはここに居るのかー!」

 メゾンの扉を押し開けた男が、入ってくるなり大声をあげたのだ。


 肌が褐色で目が大きい、シンハラ人と思われる男の登場に周りの従業員が目を丸くしていると、

「ワタシの夫、海の男、魚臭くてごめんなさいネ〜」

 と、アクシャが顔を真っ赤にしながら言い出した。


 アクシャの夫はシンハラの海の男で、アルノルト殿下に直接声をかけられ、我が国まで海賊を討伐をするためにやって来たということは、みんなが話に聞いて知っている。


顔を真っ赤にしているアクシャを見下ろしながら、そんなに恥ずかしがらなくても良いのに・・と、マダムエカテリーナが心の中で思っていると、

「そうよ!魚だわ!」

 と、ゆらりと立ち上がったカテリーナが言い出したのだった。

「魚のドレス・・魚のドレスだったらコルセットもいらないし、鳳陽ドレスっぽい仕上がりになるじゃない!皇后様も気にいるはずよ!」


「「「魚のドレス?」」」


 それは、非常にグロテスクなドレスになるのではないだろうか?

 そんなものを貴婦人たちが好んで着るのだろうか・・

 魚のドレスに刺繍は必要ないのでは?

 鱗を貼り付けるのかしら?


 みんなの頭の中に疑問ばかりが浮かんでいる間に、紙の上にスラスラとカロリーネはペンを走らせていく。


 カロリーネが紙の上に描き出したのはマーメイド。上半身は人間、下半身は魚となっている海の精霊で、海の怒りを鎮めるために、船の船首に取り付けられる飾りとして良く用いられるのだ。


 あまりにも下手くそなマーメイドを見下ろしたマダムカテリーナは、カッと目を見開いたのだった。

「確かにマーメイドスタイル!イケルと思いますわ!」

 下手くそなマーメイドの絵の隣にカテリーナがスラスラとデザイン画を描いていくと、口をへの字に曲げたカロリーネ嬢は、

「わざわざ私の絵の隣に描かなくても良いのではなくて?」

 と、不服そうな声を上げる。


「え?サカナ?」

 訳が分からないといった調子でサンジーワが声を上げると、

「アンタは黙テテ!」

 と言って、妻のアクシャに口を塞がれることになったのだった。




      *************************



カドコミ・コンプティーク様にて『悪役令嬢はやる気がない』(高岸かも先生 漫画)で掲載!ネットで検索していただければ!無料で読めます!短期連載で、クラリッサ編までのお話となりますが、こちらも読んで頂ければ幸いです!


ただいま『緑禍』というブラジル移民のブラジル埋蔵金、殺人も続くサスペンスものも掲載しております。18時に更新しています。ご興味あればこちらの方も読んで頂ければ幸いです!!

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