第19話  悪女はほくそ笑む

 王都にあるカルバリル伯爵の邸宅へと移動をして来たアマリアは、貴婦人を集めての茶会を繰り返し、王都での情報収集に勤しんでいるのだった。


今日は昔から仲が良いイシアル・イグレシアス伯爵夫人と二人でお茶を楽しんでいたのだが、

「まあ?魚をドレスにするのですか?正気なのかしら?」

 思わずイシアル夫人が呆れた声を上げると、アマリアは口元に嘲笑を浮かべた。


 最近王都で話題となっているのは『バルマン』で作られるドレスのことで、今までにない画期的で新しいドレスの製作にカロリーネ・エンゲルベルト侯爵令嬢が関わっているというのだ。その侯爵令嬢がデザインしたドレスが、いわゆる『魚のドレス』らしい。


 流石にデザイン画が外に流出してくることはないものの、

「魚のドレスってなに?」

「意味がわからない!」

 と言って、貴族令嬢たちの笑いを誘っているのだった。


「本当に、カロリーネ嬢はどんなドレスをデザインをしたのかしら?鱗とか貼り付けているのではないかとみんなで予想しているのだけれど・・」

 口元を扇で隠しながら可笑しそうに笑うアマリアを見ると、イシアル夫人は堪えきれずに笑い出す。彼女は貴族派の貴族であり、落ち目のエンゲルベルト侯爵家を馬鹿にしているようなところがあるのだ。


 王家派を率いるのがバルフュット侯爵家、貴族派を率いるのがエンゲルベルト侯爵家とするのなら、中立派の筆頭となるのがアルペンハイム侯爵家ということになる。


 アルペンハイム侯爵家はカサンドラ嬢が王太子妃として王家に輿入れしたことにより、他の派閥から一歩、抜きん出た存在となっているのだが、派閥を越えて多くの貴族たちから嫌われているということもあって、多くの者から失脚を望まれているようなところがある。


 バルフュット侯爵家の女主人が不在の間に力をつけて来たのが侯爵の妹となるアマリアで、麻薬の密売が明るみとなって没落したアイスナー伯爵の後釜の位置に滑り込んだのがイグレシアス伯爵家ということになる。二つの家は派閥を越えて共闘関係を結んでいるのだった。


「今日はこの招待状を持って来たのだけれど」

 アマリアが一通の招待状をテーブルの上に置くと、

「一ヶ月後に行われる王家主催のお茶会ですわよね?」

 と、イシアル夫人が答えて瞳を細めた。


 王家主催の茶会や舞踏会は今の王妃が主導する形で手腕を振るい続けて来たのだが、王国の社交については、今後は王太子妃となったカサンドラに任せることとなったらしい。


 カサンドラ王太子妃はとにかくやる気がないことで有名な妃なので、国王に任された外国人街の問題についても、身分も卑しい王宮で燻り続けたような官吏を捕まえて丸投げにしているという。社交についても、学園で仲が良かった二人の令嬢に任せきってしまっているような状態で、本人は高みの見物を決め込んでいるらしい。


 王妃に首根っこを押さえつけられていた二人の貴婦人は、王家の代替わりを絶好の機会として捉えている。なにしろ、今の王国の現状に大きな不満を抱いている貴族は山のようにいるのだ。


「それで・・貴女のところの産婆は王都まで連れて来ているの?」

「それはもちろん!王妃様直々にお声がけを頂いたのですからね!」


 アマリアは扇で口元を隠すと、瞳に弧を描きながら嬉しそうな声をあげる。

「うちの領地は医療に力を入れているのは有名な話となるので、王家としても、我が伯爵家をお認めになったということになるのでしょう」

 すると、イシアル夫人が囁くように問いかける。

「本当にやるの?」

 探りを入れる言葉に、アマリアは小さく肩をすくめて答えた。

「何を問われているのかが分かりませんわ!」


 カルバリル伯爵家には有名な産婆が一人いる。


 お産というのは命懸けでお腹の中にいる子供を産み落とす行為になるのだが、ほとんどの場合、赤子が股の間を通り抜ける途中で、無理をしていきんで皮膚がビリビリと破れることになる。


 大事な部分の皮膚がビリビリと破れることになれば、破れた皮膚がくっつくまでに時間はかかるし、膿が出ることも多いし、産後も痛みを長い期間抱えることになるわけだ。


 旦那様との夜の行為だってすぐに再開ということも出来ない為に、待ちきれなかった旦那様が他所の女と浮気をするということは、実は良くある話だったりするわけだ。


 優秀な産婆が多いカルバリル領では、お産で股が裂けるということがほとんどないという話は有名で、貴族の間では、

「次のお産はカルバリルの産婆を頼む予定でいるのよ!」

 と、言われることも非常に多い。


 アマリアがカルバリル伯爵家に嫁いで以降は、産婆の使われ方も多岐に渡るようになっている。大金を払えば無理なくお産をすることが出来るようになるし、大金を払えば、いらない赤子を無事に堕胎することも可能となる。


 望まれない子供を堕胎するだけでなく、金さえ払えば、気に入らない女の腹の中の子供を自然に流すことも出来るのだ。排除したい女ならば子供を産んだ後に、自然に、産後の肥立ちが悪かったということにして死なせることだって出来るのだ。


 アマリアが派閥を越える形で貴婦人たちを押さえ込めているのは、貴婦人たちの絶対にバレてはいけない悪行に手を貸しているから。


 気に入らない愛人を殺すことも、気に入らない愛人に宿った子供を排除することも、カルバリルの産婆を使えば簡単に出来る。女は嫉妬に狂うと見境がなくなるのはいつものことなので、アマリアは手助けをしながら、絶対にバレてはいけない秘密を共有しているのだった。


「まあ、貴女だったらヘマするようなことはないと思うけれどね?」

「私自身もそう思うわ」

 にこりと微笑んだアマリアは、目の前に用意された紅茶に口をつけた。


 バルフュット侯爵家の当主である兄には愛する妻が居たのだが、その妻が子供を産むのを良い機会として、アマリアは子飼いで優秀な産婆を送り込んで始末をすることにしたのだった。


 妻を溺愛していた兄は周囲から後妻を娶るようにと散々言われ続けていたのだが、絶対に兄は首を縦に振ることはなかった。王家派筆頭となるバルフュット侯爵家に女主人が居ないことは大きな問題になるため、アマリアが女主人の役割を担うことで周りの貴族を黙らせることに成功する。

「アマリアが居るから侯爵家は何の問題もない」

 と、兄のマルティンはことあるごとに言っているのだが、人の良い兄は、アマリアが自分の愛する妻を殺したということには気が付いていない。


 そうして、女主人の立場を利用して、自分の子飼いの人間をどんどん侯爵家に送り込んでいったアマリアは、最近になってようやっと、長年侯爵家に仕えていた家令のコーバスに毒を盛って排除することに成功したのだった。


 コーバスの代わりに子飼いのブルーノが家令の地位に就いたので、後は息子のパヴロと姪のコンスタンツェを結婚させた後に、兄のマルティンを排除するだけ。


 元々、侯爵家はアマリアの物だったのだ。だから、兄を排除して侯爵家を返してもらうだけ。アマリアには兄に対する罪悪感というものは発生しない。


「それで・・王太子妃様のことだけど・・」

「これからどんどんお腹が大きくなるのでしょうから、色々と大変でしょうね?」


 探りを入れたいイシアル夫人を適当にあしらいながら、アマリアはチョコレート菓子を口に入れて一人ほくそ笑んでいた。産婆を王家に潜り込ませることに成功すれば、カサンドラの命はアマリアの掌の上にあるのも同じこと。彼女が生きるのも死ぬのも、アマリアの差配次第ということになるのだ。




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