第16話  クリーンな運営

 やる気がないカサンドラは、社交とドレス製作については自分の側近(コンスタンツェとカロリーナ)に丸投げすることに成功したので、外国人街に関わる事案についても他の人間に丸投げすることに決めたのだった。


「カサンドラ様は、アルペンハイム侯爵家が用意する持参金の一部を、侯爵家所有の別邸として、その別邸を、王都の運営を任すことが出来る役所にすると言うのですか?」


 アルノルト王子の側近であるクラウスは、落ちてきた眼鏡を指先で押し上げながら言い出した。

「持参金の一部を宝飾品にするという話は今までもありましたけれど、持参金の一部を屋敷?しかもその屋敷を役所にするだなんて!前代未聞にも程がありますよ!」


 カッと目を見開いたクラウスの瞳孔は若干開き気味となり、握りしめた両手がブルブルと目に見えるほど震え出す。


「今でさえ、カサンドラ様のことを良く思わない貴族たちが山のように居るというような状況ですのに!持参金の一部が家?家ですか?そんなことをすれば、即座に貴族たちが大騒ぎするでしょう!前代未聞にも程があります!」


「だけどねクラウス様、私に割り振られたこの大量の書類の山を見てちょうだい。外国人街はお前が作り出したんだからお前が面倒を見ろと言われているのだけれど、結局、外国人街だけに留まらず、王都全域の問題にまで波及するような内容が山のように寄せられているのよ」


 見上げるような高さの書類の山を見ながら、カサンドラは大きなため息を吐き出した。


「クラルヴァイン王国は専制君主制をとる国だし、何でもかんでも王家に申請が届く形となっているのは分かるのだけれど、これからの時代、山のように積み上がる書類を王家の人間だけで捌くなんて無理中の無理よ!」


 何しろ、王都で発生する問題から国内各地で発生する問題まで、一緒くたになって王宮へと上がってくるのだ。それを王宮に勤める官吏がまずは処理をすることになるのだが、最終決定は王族がするものとして上げられてくる書類の山が半端ではないし、王族にかかる負担は相当に大きい。


「クラウス様、とにかくこれからは、鳳陽方式を取り入れることとします」

「はい?」

「王都のことは王都専門の役人が責任を持って対応にあたり、国内全般のことについては王宮の官吏が今まで通り面倒をみます」

「あの・・カサンドラ様・・王都専門の役人とは、どういった人間が担当するのでしょうか?」


 胸の前で腕を組んだカサンドラは、ふんぞりかえるようにして胸を張りながら言い出した。


「クラウス様、身分が低いことが理由で、有能なのに王宮内に燻り続けている人員をピックアップしてくださいませ」

「え?」


「聞いたところ、王宮では役職に就くことが出来るのは、上位の貴族とその貴族の寄子に限定されているらしいですわよね?」

「はい」


「ですので、能力はあるのに身分が低いので派閥にも入れず、活躍も出来ずに、飼い殺し状態になっている役人を私の前に引き出してきなさい」

「はい?」

「そいつらを面接して、有能だと判断したら、私の仕事を押し付けます」

「そ・・そいつら?」


 カサンドラは山のような書類を叩きながら言い出した。

「私はね、書類仕事なんてやりませんわよ!書類仕事なんていうものは、やれる奴に任せておけば良いのです!わかりますわよね?クラウス様ならば!」

「は・・はあ・・」


 カサンドラは、王太子妃になるまでは、いつでも国外追放になっても良いように準備を整えていた女である。彼女は数々の事業に手を出し、金を生み出し、最終的には外国人技術者を招聘するために、外国人街まで作り出した人である。


 多忙な実業家である彼女が呑気に学園に通い、王家の教育を受けることが出来たのは、自分の仕事を有能な人間に丸投げし続けていたからこそだった。



        ◇◇◇



 エンゲルベルト侯爵家の娘であるカロリーナは、新聞を見下ろして大きなため息を吐き出していた。


 今、王都では、アルペンハイム侯爵家の別邸が役所として活用されることが発表されたため、貴族も市民も大騒ぎするような有様となっている。


 今まで王都に関する陳情は、下々の者が出したところで捻り潰されるのが当たり前というようなことになっていた。


 貴族には甘いが平民には厳しい。それがクラルヴァイン王国のやり方だったのだが、新しい王太子妃はそのやり方を不服とし、王都の中に役所を構えることによって、貴族のみに重きを置かず、平民とも向き合った治世を目指しているようだと、新聞などでは大々的に報じているのだった。


 王宮から離れ、王都の中心街近くに出来上がる役所には、外国人街に住み暮らす人々向けの相談窓口も作られるという。土地の売買や新しく商売を始める際の登記などについても街中に設けられた役所で出来るようになるため、王宮で門前払いを食うことが多い一般市民にとっては画期的な政策だと言えるだろう。


 カロリーナが訪問した時にも、カサンドラの元に寄せられた書類は山のように積み上がっていた。この書類の山の処理をすることを嫌ったカサンドラは、真面目な人間を選んで裁量権を渡し、自分のところに来る書類は必要最低限とするつもりなのだろう。


 昔からカサンドラのやり方を見ているカロリーネとしては、カサンドラのやり口は知っている。新しく作られる役所の中では不正などを許さない、貴族たちが甘い汁を吸えるような状況にはならない状態にするだろう。


 面倒臭いことも嫌いだし、自分が損をすることも嫌いなカサンドラは、そこの辺りは徹底しているし、重要なポストに置く人物は彼女の目で見て厳選をすることも知っている。更には働いている人間にプレッシャーを与えるため、彼女はこまめに巡回に回る。お前を見ているぞというプレッシャーを与えることで、不正に手を出さないクリーンな運営が出来るようにしているのだ。


「最近、アル様が毎日のように肉料理やデザートを用意してくれるので、太らないようにするのが大変ですわ〜」


 と言っていたので王宮内の庭園の散歩などせずに、新しく作られる役所内の散歩を、周囲にプレッシャーを与えながらするのに違いない。


「はー・・カサンドラ様ときたら、どれだけ貴族たちを敵に回せば気が済むのかしら・・」


 カロリーネは読んでいた新聞を膝の上に乗せて大きなため息を吐き出した。

 クリーンな運営。それは賄賂や横領などが発生しない、貴族たちが甘い汁を吸うことが出来ない、貴族たちが大嫌いな運営方法なのだから。




    *************************



 カドコミ・コンプティーク様にて『悪役令嬢はやる気がない』(高岸かも先生 漫画)で掲載!ネットで検索していただければ!無料で読めます!短期連載で、クラリッサ編までのお話となりますが、こちらも読んで頂ければ幸いです!


 ただいま『緑禍』というブラジル移民のブラジル埋蔵金、殺人も続くサスペンスものも掲載しております。18時に更新しています。ご興味あればこちらの方も読んで頂ければ幸いです!!

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