第8話  私の王子様

 秋になるとクラルヴァイン王国では王都の北にある森で狩猟大会が行われる。男たちが狩りに出ている間は、女たちは侍従たちが用意した幕舎でお茶会などを開き、親交を深めることとなる。


 この狩猟祭の最後には、手に入れた獲物を意中の令嬢に捧げることで、自分がどれだけ相手のことを大事に思っているのかというアピールと、自分の狩猟の腕の高さをアピールすることになるのだが・・


「大丈夫ですか?」


 父について狩猟大会に参加したコンスタンツェは、侍女と逸れてしまった為、慌てて周囲を見回していると、土の窪みに足をとられて転びそうになってしまったのだ。その時にコンスタンツェの腕を掴んで引き寄せたのが、カサンドラの兄となるセレドニオで、


「ありがとうございます!セレドニオ様!」

 背の高いセレドニオを見上げたコンスタンツェは、まるで夕陽に空が染まり上がるように顔を真っ赤に染め上げていったのだった。


 翡翠色の瞳に紺碧の髪色をもつコンスタンツェは凛とした美しさを持つ美少女であり、現実しか私は見ませんのよ!という顔立ちをしている割には、中身が夢見る少女で出来ている。


 カサンドラと同じ金色の髪に紅玉の瞳を持つセレドニオはコンスタンツェよりも6歳年上であるだが、麗しい顔立ちをした海軍の青年将校は、麗しい王子様のように見えたのだ。


 セレドニオのエスコートを受けて歩き出したコンスタンツェは、

「セレドニオ様、今年はどのレディに獲物を捧げるのですか?」

 と、問いかけると、

「どのレディも何も、私には捧げる人などいないのですよ・・」

 と、うんざりした様子でセレドニオは言い出した。


 王子の側近候補として王宮に上がっていた時には、まだ、女性と交流を持つ機会もあったのだけれど、海軍に士官して以降はあまりにも忙し過ぎて、獲物を捧げるほどの交流がある女性など皆無の状態になっているという。


「セレドニオ様でしたら、どなたでも獲物を捧げられれば喜ぶと思うのですが?」

「でしたら今年はコンスタンツェ嬢に私の獲物を捧げましょう」


 結局、その年の獲物の中では一番の大きさとなる雄鹿を、セレドニオは皆が見守る中で、コンスタンツェに捧げたのだった。


 一番大きな獲物を狩った人物はその年一番の誉れ高い人と言われるのだが、その誉れ高い人に獲物を捧げられた淑女は『秋のレディ』という称号を得ることになる。秋のレディに選ばれたコンスタンツェは、褒美としてセレドニオの頬にキスを落としたのだが、その時にはコンスタンツェの中に、花開くような恋心が芽生えることになったのだった。


 会うための用事というものは幾らでも作ることが出来るコンスタンツェは、最初は妹のようなポジションに納まることとなったのだが、少女から乙女へと羽化する姿を目の当たりにすることとなったセレドニオは、本物の妹であるカサンドラ以上にコンスタンツェに対して声をかけるようになったのだった。


 二人の恋は順調だったのだ。一時期、バルフュット侯爵の領地には海賊被害が増えた為、王国軍からの援軍も頼んで海賊討伐に乗り出したところ、そこで頭一つ抜けた活躍をしたのがセレドニオであり、コンスタンツェの父マルティンもセレドニオを認めることとなったのだ。


 最近になって再び領地の港湾都市への海賊被害が増えた為、学園の卒業と同時に結婚式を挙げるどころの騒ぎではなくなり、二人の結婚は延期することになってしまったのだが、まさか、親族や寄子である貴族たちが、それほどまでに二人の結婚を反対しているとはコンスタンツェは思いもしなかったのだ。


「セレドニオ様・・本当に大丈夫なのかしら・・」


 危険だからという理由でコンスタンツェは王都の邸宅で生活を続けているのだが、その所為でセレドニオとも離れ離れとなってしまっていた。


「お嬢様、お帰りなさいませ」


 王宮でのお茶会からコンスタンツェが戻ると、執事が一通の手紙を差し出して来たのだった。


「まあ!パブロお兄様からのお手紙ですのね!」

 従兄となるパブロは、一時期はコンスタンツェの婿候補に上がった人物であるのだが、

「僕は主家となるバルフュット侯爵家を支えられたらそれで良いんだよ」

 と言って、コンスタンツェとセレドニオの結婚を一番に祝福してくれた人でもある。


 婿入りする予定のセレドニオがバルフュット所属の海軍組織を率いて海賊を討伐することが決定した時も、

「僕が彼を支援するから大丈夫だよ」

 と言ってくれた優しい従兄、それがパブロ・カルバリルなのだ。


「お兄様、近況を私に教えてくれようとしているのね」


 兎角、一人娘であるコンスタンツェは、領の運営に関わるような話からは遠ざけられる傾向にある。それは、娘には要らぬ心配をかけたくないという侯爵の親心によるものなのだろうけれど、それがコンスタンツェにはいつでも歯痒く感じるのだった。


 自室に戻って手紙を開いたコンスタンツェは、血が滲むのも構わずに自分の唇を噛み締めた。その手紙には、このようなことが書かれていたからだ。


『  親愛なるコンスタンツェへ


 君の婚約者であるセレドニオ氏が海賊討伐の為に我が領所属の海軍を指揮することになったのだが、何しろ彼は王国軍の指揮をし続けていた人なだけあって、我が領軍では物足りないように感じるのだろう。


 我が領地を守るため、我々は早急に異国から襲来した海賊を退治してしまいたいのだが、この大砲では威力が小さい、この船足では敵を捕えられないと言って、最近では船を出すことすらやめてしまっている。


 海賊による被害が出るのも構わずに、最近の彼は娼館一棟を丸々買い上げ、酒池肉林で楽しみ続けているような有様なのだ。君が王都にいるということで最初は羽を伸ばしているのだろうと思っていたのだが、それにしても酷すぎる状況だ。


 彼が買い上げたのはカレの港の近くにある『マグダラの館』であり、館の主人と彼は深い関係にある。君にとっては酷な話ではあるとは思うのだが、海軍の有能な青年将校は王国軍だからこそ活躍するのであって、バルフュットでは腐ってしまうのかもしれない。僕は海賊による被害をこれ以上広げない為にも、セレドニオ氏に代わって海軍の指揮を取ろうと考えている。


 領主の娘、頭領娘である君には領地のことをまずは一番に考えてもらいたい。そうすれば自ずと答えは見えてくるはずだから。


                パブロ・カルバリル       』


 セレドニオはコンスタンツェにとっての王子様だったのだ。金色に輝く髪に紅玉の瞳を持つセレドニオは、女たちが放ってはおかないほどの美丈夫で、背も高く、身体つきだって逞しい。


 愛するセレドニオの姿を思い浮かべたコンスタンツェは、手にしていた手紙をぐちゃぐちゃに丸めて床の上に放り投げた。そうして立ち上がったコンスタンツェは、どうやったら最速で領地まで帰ることが出来るのか、頭を高速回転させていくことになったのだった。



    *************************



カドコミ・コンプティーク様にて『悪役令嬢はやる気がない』(高岸かも先生 画)で掲載!ネットで検索していただければ!無料で読めます!短期連載で、クラリッサ編までのお話となりますが、こちらも読んで頂ければ幸いです!


ただいま『緑禍』というブラジル移民のブラジル埋蔵金、殺人も続くサスペンスものも掲載しております。18時に更新しています。ご興味あればこちらの方も読んで頂ければ幸いです!!


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