第7話 バルフュット侯爵の憂鬱
王家を支持する派閥のトップに君臨するのがマルティン・バルフュット侯爵ということなのだが、マルティンにはコンスタンツェ以外に子供が居ない。
マルティンは愛する一人娘をアルノルト王子の妃にした後は、一族から有能な者を養子として迎える事を考えていたのだ。だがしかし、適当な人物がなかなか見当たらなかった為、妥協案として妹の息子にあたるパブロ・カルバリルを後継者候補として教育をしようと考えたのだ。結局は、アルノルト王子の婚約者はアルペンハイム侯爵家の令嬢であるカサンドラに決定してしまったのだが。
娘と王子の結婚を諦めたマルティンは、コンスタンツェと甥のパブロを結婚させて侯爵家を継がせようとも考えたのだが、その愛する娘が連れて来た男が、アルペンハイム侯爵家の次男となるセレドニオだったのだ。
「伯父上、セレドニオが海賊退治で活躍したのは王国率いる海軍あってこその話であり、我が領地では使い物にならないのは間違いない事実です」
くるくるとカールした金色の髪を短く切ったパブロは、伯父であるマルティンに良く似た顔立ちをしていた。
「しかも、奴は海賊退治を部下に任せて、娼館に入り浸っているような状態のようですよ」
パブロは大きなため息を吐き出しながら言い出した。
「確かにコンスタンツェはあの男に夢中となっているようですが、それは奴の顔が良いからというだけの話であって、中身なんか詰まってもいない空っぽな男なのですよ」
「だがしかし、セレドニオ殿は、我が領地を襲撃する海賊たちを撃退したではないか」
「確かに、ギョーム族の襲来の際には活躍をしていましたが、それもこれも、王家とアルペンハイムの後ろ盾あってこそです」
二年近くほど前に、北海に住み暮らすギョーム族が活動範囲を広げて、クラルヴァイン王国に度重なる襲撃をかけてくるようなことがあったのだ。
北端の海岸線を領地に持つバルフュット侯爵の領地は甚大な被害を受ける事となったのだが、そのギョーム族率いる船団を大破させて追い散らしたのがセレドニオ・アルペンハイムだったのだ。
北端の港を所有するだけに、海の守りに重きを置くバルフュット家としては、海軍将校として名を上げるセレドニオは絶対に欲しい人材だった。しかも、アルペンハイム侯爵家の令嬢カサンドラが王子の妃となるのなら、兄のセレドニオを婿入りさせてアルペンハイムとの結び付きを強化させても良いかもしれない。
娘の恋とバルフュット家の思惑が一致したからこそ進められた縁談もあるのだ。しかも彼は名うての海軍将校だったのだ。
だがしかし、今現在、海賊相手にまともに戦うことが出来ないセレドニオを見てしまえば、所詮はセレドニオの評判も見掛け倒しだったのかと思わざるをえない。
「女に好かれる男だけに、毎夜、相手を替えて楽しみ続けているようです。万が一にもコンスタンツェと結婚させればとんでもないことになりますよ」
甥のパブロ曰く、コンスタンツェと結婚した後になって、特にお気に入りとなる女を愛人として家に連れてくる可能性もあるという。そうして愛人とコンスタンツェを同時に養う中で、傷心と病でコンスタンツェが亡くなれば、奴はバルフュット家を自分のものにするだろうとパブロは言うのだ。
「アルペンハイム家は世界を股にかけるほどの商会を傘下に置いておりますし、彼らが扱うのは絹織物や特別な宝石だけでなく、必要となれば人を簡単に殺せるような毒をも用意すると言われているのです」
セレドニオが婿入りした後に、従妹のコンスタンツェや伯父にあたるマルティンが毒殺されてしまうのではないかと、心配で仕方がないとパブロは言った後に、
「これは私だけでなく、侯爵家の寄子となる貴族家、そして分家に至るまで、全ての貴族が心配していることなのです」
と、締め括るように言ったのだ。
マルティンは娘のコンスタンツェを王子の妃にしようと思っていたのだ。だからこそ、甥のパブロには一時期、後継者教育を行ってもいた。パブロとしては母の兄にあたるマルティンに忠言をしてきたつもりでいるのだろう。
確かに、最近になって、セレドニオをコンスタンツェの夫として迎え入れて良いのか、本当にこのままで良いのかと疑問を呈する者が増えている。
「旦那様、どうなさいましたか?」
パブロが部屋を辞した後、家令が心配そうにマルティンに声をかけてきた。
「ブルーノ、お前はどう思う?」
目が隠れてしまうほどに真っ白な眉をハの字に下げた家令は言い出した。
「実際に、セレドニオ様が利用されているという娼館を訪れてみては如何でしょうか?」
セレドニオが利用していると言われている娼館は港のすぐ近くにある娼館で、最近では丸々一棟をセレドニオは借り上げて、酒池肉林を楽しんでいるという噂も流れている。
「今から行かれたら丁度良いのでは?」
「お前はセレドニオ殿が娘に相応しい男だと思うか?」
冗談まじりにそう問いかけると、家令は厳かな口調で言い出した。
「百聞は一見にしかずと言いますし、旦那様も直接確認に行かれたらよろしいかと」
「ふむ、確かに最近忙しすぎて、海の方面を疎かにしていたかもしれん」
そう言うと、マルティンはゆっくりと立ち上がったのだった。
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カドコミ・コンプティーク様にて『悪役令嬢はやる気がない』(高岸かも先生 画)で掲載!ネットで検索していただければ!無料で読めます!短期連載で、クラリッサ編までのお話となりますが、こちらも読んで頂ければ幸いです!
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