第6話  二人は夫婦

「まあ!今夜はハンバーグでしたのね!」


 目の前に煮込みハンバーグの皿を置かれたカサンドラは紅玉の瞳を見開くと、鼻から食欲を誘うトマトソースの匂いを吸い込んで、

「このハンバーグ、チーズインだと嬉しいのですけれど!」

 と、向かい側の席に座るアルノルトを上目遣いとなって見つめながら言い出した。


「もちろん、チーズは入れてある。ニューッと伸びるモッツァレラチーズだ」

「まあ!最高ですわ!」


 カサンドラは早速カトラリーを手に取ると、ハンバーグにナイフを差し込んだ。チーズはたっぷり入っていたようで、フォークに刺さったハンバーグと一緒に、黄色いチーズがニューッと伸びていく。


 結婚式はまだ挙げていないけれど、書類上ではすでに王太子妃となっているカサンドラは、山のような書類が目の前に積み上げられる度に『離婚』のふた文字が頭の中に浮かんでいくのだが、アルノルトの手料理を食べる度に『離婚』のふた文字が霧散していくのだった。


「う〜ん!美味しいですわ!」

「そうだろう、そうだろう」


 満足げに答えるアルノルトと視線を合わせると、思わず笑みが浮かんでしまう。食べているものが美味しいだけで、世の中は薔薇色に変わるのだ。


「それにしてもお忙しいことと思いますのに、お肉料理なんか作っている暇がありますのかしら?」

「俺にだって息抜きは必要だよ。それに、カサンドラには苦労をかけているから、これくらいはしてあげないと」

「まあ!」

「肉料理を作っていないと、不安になってくるんだ・・」


 アルノルトはカサンドラのことを良く理解していた、何しろカサンドラはやる気がない。書類の山が目の前に積み上がっていくだけで、彼女の頭の中には『離婚』の二文字が浮かび上がってくるのだが、美味しい肉料理を食べると『離婚』の二文字が霧散していくことになるのだから。


「鳳陽国から来た絹織物は確認した?」

「ええ、もちろん確認致しましたわ!」


 カサンドラは、遥か東の果てにある鳳陽国の皇妃様と長年『美容』について意見を交わし合うほどの仲となっており、皇妃の三十八歳の誕生日にと素晴らしいドレスを王国で用意をして届けた。


 ボディス、スカート、ウェストの後の部分にシュニールのフリンジを飾り、皇后の象徴でもある牡丹の花と葉で出来た輪を刺繍したクリノリンドレスは、星のように宝石の粒を散りばめた最高級品のドレスとなる。


 ただ、針金を輪状にして重ねた骨組み下着のクリノリンとコルセットが皇后には気に入られず、想像を絶する不満と不評が御礼の手紙として返ってくることになったのだ。


『クリノリンだとかコルセットだとかいう不健康なものなど着用したくはありません、そもそも私のボディにコルセットは必要ありません!』

 と、宣言をした皇后は、

『外側は至って問題ないのです。クリノリンだのコルセットなど使わない、女性の自然の美しさが愛でられるドレスを作って送りなさい』

 と、送り返して来たわけだ。


「コルセットがないドレスか・・」


 二十年ほど前に流行したのが胸の下の部分で切り返しが入るハイウェストのドレスで、モスリンなどの透け感のある生地が利用されたシュミーズドレスである。少女や乙女ならば何の問題もなく着用出来るのだが、下着感丸出しのドレスであるため、年齢層高めの貴婦人には不人気だったのだ。


「コルセットを使わない・・コルセットがない・・・自然な美で・・」


 カサンドラは十二歳の時に皇后から贈られた鳳陽服を持ってきた。上質の絹が使われたドレスには鳳凰の鮮やかな刺繍が施されている。女性らしいなで肩を強調するために襟は高め、胸から腰の部分がぴたりとフィットしたスタイルは独創的だと言えるだろう。


 おそらく皇后様が求められているのは、鳳陽服とフリンジたっぷりのドレスとの融合。胸から腰の女性らしいラインを惜しげもなくアピールしながら、スカート部分は全く異なるタイプのものが求められているのに違いない。


「うー〜ん」


 カサンドラはコルセット無しの妊婦向けドレスのデザインは考えたのだ。何故かと言えば、自分が今妊婦だし、楽だけど洒落たドレスが着たかったから。


 だけれども、皇后様向けドレスまでは考えている暇はない。自分にはそんな暇はないのだから、暇がある人に考えさせれば良いではないか。



「鳳陽から送られた絹のサンプルとデザイン案一式をカロリーネ様に渡してオートクチュールを紹介しておきましたわ!あそこは腕利きが揃っているので、素敵なドレスを作り上げてくれると思っておりますの」


 カサンドラは美味しそうにハンバーグを食べながら言い出した。


「皇后様向けのドレスを皮切りとして、コルセット要らずのドレスを大陸中に流行らせようと思っておりますの。そもそもコルセットって体に悪いとも言われているじゃないですか」

「そうだよな」

「ドレス部門のトップはカロリーナに決定、ドレスが売れれば売れるほど、モラヴィア侯国でのカロリーネの立ち位置がググーッと良くなるはずですものね」


 森林に囲まれているようなモラヴィア侯国は、内陸に位置しているため流行が入ってくるのが遅いところがあるし、周辺諸国から田舎国と揶揄されることもあるのだった。もしもカロリーネがこの機会を利用して流行の最先端を作り出すことが出来たならば、モラヴィアの貴婦人たちは三顧の礼をもってでもカロリーネを迎え入れたいと思うだろう。


「コンスタンツェには高位の貴婦人たちのお茶会をバンバン企画してもらうつもりです!(私の代わりに)コンスタンツェが社交界で確固たる地位を築けばとっても頼もしいことになりますわ!」


 山のような書類は、ドレス関連についてはカロリーナに、お茶会関連についてはコンスタンツェに丸投げすることに成功した。


「殿下はどうでした?」

 カサンドラが問いかけると、アルノルトは口元をナプキンで拭きながら言い出した。


「今回は鳳陽の商人と共に、シンハラの海賊たちもやって来てくれたんだ」


 スーリフ大陸の中央に位置するのはシントの国。この国では食事の際にカトラリーは使わずに手でものを食べる習慣があるのだが、このシントの国の南海域にはシンハラ島という大きな島がある。


 シントとシンハラは長年争い続けるような仲なのだが、この両国の海域には小型船を利用した海賊が多く現れるのだという。


 クラルヴァイン王国周辺に現れる海賊とは全く人種が異なる海賊となるのだが、信用がおける商人に海賊のスカウトをアルノルトは任せていたのだが、この度、ようやっとクラルヴァインまでやって来ても良いという海賊のスカウトに成功したのだった。


「なかなか面白い情報が手に入った」

「まあ?どんな情報が手に入ったのですか?」

「それについては、デザートを食べながら話そう」


 アルノルトが指を鳴らすと、給仕がフルーツババロアをカサンドラの前に置いた。このデザートも、アルノルトの自作なのは言うまでもない。





    *************************



カドコミ・コンプティーク様にて『悪役令嬢はやる気がない』(高岸かも先生 画)で掲載!ネットで検索していただければ!無料で読めます!短期連載で、クラリッサ編までのお話となりますが、こちらも読んで頂ければ幸いです!

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