第5話 それはハンバーグ
クラルヴァイン王国の王太子であるアルノルトは、側近のクラウスの顔を見上げながら言い出した。
「つまりは、我が国の近海に海賊たちを集めた上で、その海賊たちが我が国を行き来する商船を襲撃するように支援をしている者がいるかもしれないということか?」
「そうなんです・・」
クラウスは人差し指で眼鏡を押し上げながら言い出した。
「明らかに海賊たちの動きが統率されておりますし、捕まえた海賊たちの武器が充実していることからも考えて、何処かの国が我が国を陥れるために海賊を利用しているのではないかと考えられるようです」
「うーん・・そうか・・」
「殿下がアルマ公国に襲撃をかけて以降、南大陸の国々は我が国に対してかなり警戒しているようです。我が国の戦艦の大砲が危険なようであれば、自国にその大砲を向けられる前に落としてしまえと考える者もいるかもしれないわけで・・」
スーリフ大陸の南側に位置する大陸のことをクラルヴァインでは南大陸と呼んでいるのだが、その玄関口とも言われる国がアルマ公国。この国の公女エルハムがアルノルトに興味を持ち、王子の妃となる野望を持って王国に留学生としてやって来たのは半年ほども前のこととなる。
邪魔となるカサンドラを排除しようと企んだエルハム公女に対して激怒したアルノルトは戦艦を率いてアルマ公国に向い、襲撃をかけて港湾都市一つを堕としている。その騒動の責任をとる形でアルマの公王はその座を息子に譲り、騒動の原因となったエルハム公女は罰を受けるという意味合いも含めて、戒律が厳しいと言われるバジール王国へ、18番目の妃として輿入れすることになったのだ。
「エルハム公女は公国では多くの信奉者を抱えているような存在だったようですし、我が国の所為で公女がバジールに行ってしまったと恨みに思う者が多いようですし」
「海賊はアルマ公国の人間による差金かもしれないということもあるわけか・・」
今現在、クラルヴァインの商船を狙っている海賊は犯罪集団の集まりのような形となっているため、無国籍状態となっているのだが、その海賊たちの後ろに居る人間は、南大陸にいる何処かの国の誰かということは間違いないらしい。
「すでに外交官による訴状は行なっているのですが、何しろ南大陸の国々は多くの部族が集まって国を作り出しているようなものなので、決して一枚岩ではないですし」
「アルマ公国自体が、代替わりをしたばかりだからな」
「もしかしたら、バジール王国の貴族が一枚噛んでいるかもしれません」
「はあ・・・」
バジール王国は南大陸の中でも南部に位置する大国のことで、王が巨大なハーレムを作り出すことでも有名な国でもある。問題がある有力部族の娘や王女、公女などをハーレムに入れて外には出さない。牢獄代わりにハーレムが使われることでも有名で、多くの金持ちが利用するという話も聞いている。
エルハム公女は妖艶なまでの美人だったのだ。頭の中身は残念そのものだけれど、男を虜にした上で悪巧みすることには長けている。
「調査はこのまま進めるように、俺はこれから厨房に行ってくる」
「厨房に?何故?」
じっと自分を見つめてくるクラウスの顔を見下ろしながら、アルノルトは花開くような笑みを浮かべた。
「ハンバーグを作るために厨房に行くのだが、何か問題があるか?」
「ハンバーグって!」
ハンバーグ、それはクラルヴァイン王国の食文化に一石を投じることになったミンチ肉料理。
元々、クラルヴァイン王国は肉は塩をふって焼くか、塊肉にもならないクズ肉は野菜と一緒に煮込んで食べる程度のことしかしていなかったのだが、スーリフ大陸の遥か東に位置する鳳陽国からもたらされることになったミンチ肉料理。
肉団子、鶏団子、麻婆、餃子以外にも、鳳陽では様々な料理にミンチ肉を使う。すると、スーリフ中央に位置するミシャベル連邦国からやって来た外交官が、
「我が国にもミンチ肉料理はあるんですよ!」
と、言い出した。それがハンバーグ、牛肉の肩や腰という硬めの部分を二本の包丁で叩いて、叩いてミンチにして作る肉料理。
「殿下!殿下!そんなものを作っている時間などないと思うのですが?」
クラウスがどれだけ声をかけても、料理を始めたアルノルトは止まらない。
建国の王の時代から、クラルヴァイン王国の国王となるものは、料理をこよなく愛して来た。先代の王は毎日妃にスープを作り、アルノルトの父である国王も王妃にデザートを作り過ぎて怒られることもある。
アルノルトは肉料理も作るしデザートも作る二刀流なのだが、今は二本の包丁を掴んでひたすら肉の塊を細切れにする。
エルハム公女がカサンドラを害そうと考えた時点で、不慮の事故として殺してしまえば良かったのだ。本来なら死刑でもおかしくないほどの騒動を起こした原因だというのに、引退した公王の溺愛していた娘だからということで、変に忖度した挙句がこのザマだ。万が一にも海賊騒動に関わっていたら、どうしてやろうかという怒りしか湧いてこない。
ダダダダダダダダッ
高速で包丁を動かしていくため、あっという間に固まり肉がミンチ状態へと変貌する。まるで恨みつらみを叩きつけているかのような王子の様子に、料理人たちが真っ青な顔となって動きを止めて見守っていた。
ミンチ状になった大量の肉を巨大なボールに投入すると、生卵、パン粉をその上にぶち込んでいく。つい最近までクラルヴァインにはパンを粉にするという発想はなかったのだが、王国入りした鳳陽人の料理人が、
「硬くなったパン、捨てるの勿体無いネ〜」
と言って細かくすりおろして粉にした。
元々鳳陽ではパンを食べる習慣などないのだが、自国の料理に応用出来るようにとアレンジを加えた。それをアルノルトは活用することにしたわけだ。
本来、ミシャベル連邦国で食べられるハンバーグはミンチにした肉を丸めて焼くだけのものなのだが、アルノルトは鳳陽式で、肉のつなぎとして細かく刻んだ野菜、卵、パン粉を加えることにした。
鳳陽方式であるのなら、繋ぎに小麦粉を投入することになるのだが、ここにパン粉を持ってきた。パン粉の方が肉汁たっぷり吸い込むし、トマトソースとも良く絡み合う。新大陸から持ち込んだトマトは、すでにクラルヴァインでは広大な農地での栽培を開始している。美容に良いということがわかって飛ぶように売れることになったからだ。
「殿下・・匂いがたまらないです・・」
「本当に」
「殿下は料理の天才ですね!」
焼いたハンバーグに大量のトマトを投じて、グツグツ煮込んでいけば煮込みハンバーグの出来上がり。ミンチ肉に混ぜる野菜を事前に炒めるのが面倒なアルノルトは、結果、煮込みに逃げがちなところがあるのだ。
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本日より16時に一話ずつ更新していきます!!よろしくお願いします!!
カドコミ・コンプティーク様にて『悪役令嬢はやる気がない』(高岸かも先生 画)で掲載!ネットで検索していただければ!無料で読めます!短期連載で、クラリッサ編までのお話となりますが、こちらも読んで頂ければ幸いです!
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