第9話 セレドニオという男
二年ほど前にバルフュットが所有する港湾都市に襲撃をかけたのは、北海を下ってやって来たギョーム族で組織された海賊たちということになる。クラルヴァイン王国は西の大海を越えた先にある新大陸に植民地を持っているのだが、この新大陸の近海に浮かぶ島々も、海賊の根城と化して問題となっている。
世の中からあぶれた男たちが集団となって悪事を働くことは多いのだが、それが陸で活動をすれば野盗の集団、つまりは盗賊と呼ばれるものとなり、海で悪さを働く集団となれば海賊と呼ばれるようになるわけだ。
船の開発が進み、遠洋までの航海を可能としたことで、大小様々な海賊があらゆる海域に出没するようになり、それを駆逐するのはその国の役割ということになるのだろう。
クラルヴァイン王国は遥か東に位置する鳳陽国から火龍砲を輸入することにより、海賊退治に関しては一歩抜きん出た存在となっている。王国が所有する軍船に搭載しているのは全て火龍砲であるし、重要な拠点となる港湾都市に設置される砲台にもこの火龍砲が設置されているのだった。
遥か東の国から輸入をしているということもあって、気軽に手に入れられるものではない。
「セレドニオ殿!そうは言われても我が領の海軍には火龍砲はないのです!」
「王国軍のように船足の速い船など用意出来ません!」
「セレドニオ殿!そのようなことを言われても我々だって困ってしまうのです!」
バルフュット海軍の主要戦艦には貴族の師弟たちが将校として揃えられているような状態だったのだが、セレドニオが何かを言う度にそれは悪い方に取られ、周囲の反感を煽るような状態が続いていく。
バルフュット侯爵家はアルペンハイム侯爵家に匹敵するほどの港湾都市を有しているのだが、アルペンハイムが実力主義であるとするのなら、バルフュットは完全なる血統主義だ。
バルフュットの将校は主要貴族の家から出た子息のみ、中尉以下も下級貴族もその貴族家の分家や寄子となっている貴族ばかりで取り揃えられている。今まで親族で固めていた海軍という上手い汁が吸える組織を、絶対に手放したくない彼らは、よそ者であるセレドニオを排除にかかったというわけだ。
「セレドニオ殿、私は本当に心配なのですよ」
バルフュットの海軍将校とセレドニオとの仲介を申し出たのはバルフュット侯爵の甥となるパブロ・カルバリルだったのだが、
「私はセレドニオ殿が優秀な将校であることを知っているので、今は上手くいかないとしてもいずれは上手く我が領主軍を動かしていくと信じているのです。ですが、私は心配なのです」
と、パブロは憂い顔となって言い出した。
「貴方は海の男だ、船で海洋に出ている間に何があるか分からない。それこそ海賊に襲われて船が沈没してしまえば、船に乗っていた乗組員共々、海の藻屑となってしまうだろう。そうすれば、コンスタンツェはどうなってしまうのだろうかと考えると・・」
コンスタンツェはバルフュット侯爵家の一人娘となる。真綿に包まれるようにして育てられてきた頭領娘は争いを知らず、領地の運営については一切関わることなく育ってきた令嬢だ。そんな令嬢が、果たして海の男の妻になれるのだろうかとパヴロは心配で仕方がないらしい。
「私としては、セレドニオ殿には海に出ることなどやめて、コンスタンツェの近くに居続けて欲しい。だがしかし、セレドニオ殿は海に出て活躍するからこそ侯爵に認められたのであって、内政に関する能力については見込みがないとも聞いている」
セレドニオはパブロの容赦のない言葉に、自分の唇を噛み締めることになったのだった。
セレドニオは6歳年下となるアルノルト王子への剣術指南に協力するために王宮へ上がることになったのだが、いわゆるアルノルトのお兄さん的役割を担いながら、将来の側近候補としての立ち位置を確保することになったのだ。
セレドニオはアルペンハイム侯爵家の次男となるのだが、兄は領政に力を入れて、弟であるセレドニオは兄の分まで王家に仕えるようにと言われることになったのだが、ここで一つ問題が浮き彫りとなったのだ。
セレドニオはあまりにも脳筋過ぎるために、補佐官として王子に仕えるのは難しいのではないかと判断されたのだ。であるのなら、王子の身辺を守る護衛をするのはどうかとも考えられたのだが、セレドニオの戦力があり過ぎて勿体無いと言われるようになった。
新大陸に広大な植民地を持つようになってからというもの、海賊の奇襲は大きな問題となっていた。その為、セレドニオをとりあえず海軍で使ってみたいという上層部が言い出した為、王子の元から海軍へと移動したような男でもある。
「セレドニオ殿は海に出て活躍するからこそ侯爵に認められたのであって、内政に関する能力については見込みがないとも聞いている」
と、パヴロが言う通り、海に出ているから活躍出来るのであって、陸に上がってしまえば大して使い道がない男、それがセレドニオなのだ。
「うう・・うううう〜」
セレドニオは泣いていた、ウィスキーをガバガバ飲みながら泣いていた。
今日はようやく、しつこいほどに抵抗を繰り返していた海賊の一団を海に沈めることが出来た為、仲間を集めての祝勝パーティーを開いていたのだが、セレドニオは涙を流しながらコップとウィスキーボトルを握りしめていたのだった。
「コンスタンツェ〜・・俺のお姫様〜―・・」
自分の婚約者の名前を呼びながら、一人で泣いているセレドニオは異様過ぎた。あまりにも異様過ぎるため、祝勝パーティーだと言うのにセレドニオのテーブルだけが葬式状態となっている。
「一体、何アルかアレ?」
要請を受けてわざわざクラルヴァイン王国までやって来ることになった海賊サンジーワが呆れた声で問いかけると、丁度料理を運んで来たマグダラが小さく肩をすくめながら言い出した。
「もうすぐ愛する婚約者とお別れだから泣いているのさ」
「えーっと・・なんでアイスるこんにゃく者と別れるのネ?」
「それはね、海賊退治がついに終わっちまったからなのさ」
マグダラがサンジーワに答えると、もしゃもしゃの髭で顔を覆い尽くした厳つい身体つきの男が、サンジーワの隣に座り込んで言い出した。
「なんでも、領主様の娘であるコンスタンツェ様と結婚する相手は、由緒正しい王家派のお貴族様じゃなけりゃあ駄目だって言われているんだとよ」
「セレドニオ、貴族デショ、なんの問題もナイネ」
「アーロン、きちんと説明しないと分かりゃあしないよ」
アーロンと呼ばれたもしゃもしゃの髭の男は、小さく肩をすくめながら言い出した。
「簡単に言えば、お貴族様たちは自分達が持っている利権を絶対に手放したくない。だから貴族達は他の男とコンスタンツェ様を結婚させたい。コンスタンツェ様と結婚させようとしている男は領主様からの信頼も厚いから、セレドニオ様さえ居なくなれば、何の問題もないってことになっているのさ」
すると、酒を飲んではしゃいでいた男たちが、俺の話も聞いてくれと言った感じで、サンジーワの周りに集まり始めたのだった。
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