第2話  そんなに上手く行くわけがない

 カサンドラが十歳となってアルノルト王子の婚約者に決定するまでは、王家派のバルフュット侯爵家の娘コンスタンツェと、貴族派のエンゲルベルト侯爵家の娘カロリーネの二人もまた、婚約者候補として名前が挙がっていた。


 バルフュット家の一人娘であるコンスタンツェは、現在、カサンドラの兄であるセレドニオが婿入りする予定で居るし、エンゲルベルト家の娘カロリーネは、隣国モラヴィアの第三王子であるドラホスラフ王子の妃として嫁ぐ予定でいる。


 学園を卒業したら三人の令嬢はそれぞれ愛する人と結婚をして、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。と、なるはずだったというのに、世の中そんなに上手くいくようには出来ていないらしい。


「カサンドラ様!私の結婚!一年先に延期しそうなんです!」


 紺碧の髪に翡翠色の瞳を持つ、少し目尻が吊り上がっている為、気が強そうな美人といった顔立ちのコンスタンツェは、カサンドラの兄であるセレドニオにメロメロとなっている。そのセレドニオなのだが海に出たまま帰って来ない。


「アルマ公国との騒動から海賊の動きが活発になったようで、領地の港湾の守りを固くするために、お父様とセレドニオ様で湾岸の警備の強化に出たまでは良かったのですけれど、思ったよりも海賊たちの動きが活発なようで、結婚式どころの騒ぎではないようなのです」


「それを言ったら私も一年延期と言われましたわ!」


 新緑の髪に琥珀色の瞳を持つ、儚げで繊細にも見える容姿のため、妖精姫ともあだ名されるカロリーネは、手の中のハンカチをギリギリと握り締めながら言い出した。


「モラヴィア侯国の第二王子パヴェル殿下が落馬にてお亡くなりになってしまったので・・私も結婚は一年延期と言われましたの!」


 本来、卒業後すぐにモラヴィアへ移動をして、華々しくドラホスラフ王子と結婚する予定だったカロリーネ。貴族派の中でも失墜しつつあるエンゲルベルト侯爵家の巻き返しを図るために、隣国の王子様をゲットすることに成功したカロリーネは、第二王子の訃報と共に結婚話が突然ストップする形になってしまったのだ。


「喪に服している中、結婚なんか出来ないのは分かっているんですけれど・・私・・本当に悔しくて・・悔しくて・・」


 いくら悔しくたって、王族の葬儀が行われたばかりなのだから時間が経つのを待つしかない。


「そういう私だって結婚は一年後に延期となってしまいましたわ!」

 カサンドラはまだ大きくはなっていない自分のお腹の上に手を置きながら言い出した。


「まさか・・子供が出来ちゃうなんて・・」

「やることをやっていたら、そりゃあ出来るのではありませんか?」

「なんだかんだ言って!カサンドラ様は!悪役令嬢ではなかったのではないですか!」


 この二人もまた、カサンドラの父親と同様に、カサンドラの『自分は悪役令嬢』説を散々聞かされてきたのだ。そのため、実は『悪役令嬢』なんかではなく『ヒロイン』だったんじゃないの?というように最近では思いこみ始めているのだ。


「カサンドラ様、貴女はやっぱりヒロインだったのでは?」

「そうですよ!ヒロインですよ!赤ちゃんも出来たし!完全なるハッピーエンドじゃないですか!ねえ!そう思いますわよね!」


 二人が心底羨ましそうにカサンドラを見つめると、カサンドラは形の良い眉をハの字に下げて、心底嫌そうに言い出したのだった。


「私がヒロイン?私が幸せ?本当にそんな風に二人は思いますの?」

「「え?」」


 すでに王宮に居を移しているカサンドラは、大勢の人々に傅かれながら生活を送っている。式はまだだが、書類上ではすでに王太子妃となっている。二人を招いたお茶の席も王太子妃の間に用意されている。


「あれを持ってきて頂戴」


 カサンドラがすぐ近くに控える侍女に命じると、侍女は心得たとばかりに大量の書類の山を、侍従が用意したテーブルの上に積み上げていったのだった。その書類の山は、二人の肩の高さよりも上にまで積み上がり、一つ、二つ、三つと揃えられたところで、

「今のところ、処理が必要なのはここまでかと・・」

 と、恐れながらと言った様子で、書類の山が崩れ落ちないように押さえつけた侍女のうちの一人が言い出した。


「これが・・専制君主制という奴よ」

「「は?」」

「妊婦に対してこの書類の山よ?容赦がないにもほどがあるとは思わない?」

「「へ?」」


「クラルヴァイン王国は国家のすべての権力を国王が掌握し、強大な政治権力を持つ王家によって政治が独断的に行われるのよ。もちろん、重鎮を交えての会議は頻回に行われるけれど、決定権は王家にある。つまり、決裁の書類は王家に所属する人の元へ山のように送り込まれてくることになるのよ」


 大きく目を見開いた二人は、まじまじと三段に積み上げあげられた書類の山を眺めて、つくづく王太子妃になんてならなくて良かったと、心の底から思っていた。


 なにしろ一時的ではあってもコンスタンツェとカロリーネは、アルノルト王子の婚約者候補とまで言われていたのだ。両親だって、自分の娘が王太子妃になることを強く望んでいたのは間違いない。


「カ・・カサンドラ様ったら大変ですわね〜!」


 扇子で口元を隠したカロリーネがオホホホホッと笑うと、

「隣国であるモラヴィア侯国も、専制君主制よ」

 と、肩にかかる黄金の髪をハラリと払いのけながらカサンドラが言い出した。


「第三王子のお嫁さんだったら、簡単そう〜、余裕そう〜、楽そう〜、ラッキ〜くらいに考えていたかもしれないけれど、パヴェル殿下が亡くなったことにより、ドラホスラフ殿下が繰り上がりしたようなものなのよ?」


「要するに今度はドラホスラフ殿下が、モラヴィア侯国の王太子となるブジェチスラフ殿下のスペア、何かあった場合の代理!ということになるのですわね!実家の侯爵家を継ぐだけの私と比べるとお二人は責任重大ということですわね!」


 コンスタンツェが一人だけ心底ホッとした様子でいると、カサンドラはニタリと笑いながら言い出した。


「一人だけ安泰とは限りませんわよ?」

 カサンドラは両手を組むと、その上に自分の顎を乗せながら、悪役そのものの笑みを浮かべながら言い出した。


「バルフュット侯爵家の身内の中では、セレドニオお兄様を排除して別の人間をコンスタンツェに当てがおうという動きが大きくなっているみたいですわよね?」


「なっ!」


「ほら、お兄様ったら今は海の上ではないですか?海賊騒動も想像以上に大きくなっているみたいですし、今のうちに隙をついて・・と考える輩は・・簡単に想像できるでしょう?ねえ?」


 ねえ?と言われても、コンスタンツェとカロリーネは、お互いの顔を見合わせても次の言葉が出てこない。


 学園を卒業と同時に結婚延期の話が舞い込むこととなり、暇を持て余していた二人はカサンドラの元に、

「美味しいお茶が手に入ったから」

 と言われて招かれることになったのだが、話が不穏な方向に流れているのは間違いない事実だ。




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カドコミ・コンプティーク様にて『悪役令嬢はやる気がない』(高岸かも先生 画)で掲載!ネットで検索していただければ!無料で読めます!短期連載で、クラリッサ編までのお話となりますが、こちらも読んで頂ければ幸いです!


ただいま『緑禍』というブラジル移民のブラジル埋蔵金、殺人も続くサスペンスものも掲載しております。18時に更新しています。ご興味あればこちらの方も読んで頂ければ幸いです!!

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