悪役令嬢は王太子妃になってもやる気がない

もちづき 裕

第1話  娘が心配

こちらは『悪役令嬢はやる気がない』の続編の物語となります。前編をお読みでない方は掲載中の『悪役令嬢はやる気がない』をお読み頂ければ幸いです。



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アルペンハイム侯爵家の娘であるカサンドラが、アルノルト王子の婚約者に内定したという話を聞いたのは十歳の時の事だった。


 クランヴァイン王国の二大公爵家には年頃の娘がおらず、三大侯爵家となるアルペンハイム家、バルフュット家、エンデルベルト家には年齢の合う令嬢がいた。バルフュットは王家派、エンデルベルト家は貴族派という二大派閥を率いている事もあった為、中立派のアルペンハイムに白羽の矢が立ったという事になる。


「それってお断り出来ない案件ですよね?」


 娘のカサンドラが言うことには、

「だって私、自分のことを悪役令嬢だと思うのですもの」

 ということになるらしい。


 カサンドラ曰く、まず名前からして悪役令嬢なのだという。

 カサンドラ、名前の響きが傲慢そう、偉そう、強そう、悪役っぽいというわけだ。


「それにこの髪色、キンキン過ぎて派手すぎます。それにこの紅玉の瞳もいけませんわね、悪魔っぽいですもの。それにこの気の強そうな感じで吊り上がっている目、対面する相手に緊張感をもたらします」


 父親を前にして、カサンドラは胸を張って言い出した。


「身分も侯爵令嬢、我がアルペンハイムは貿易で儲けているので鼻持ちならないですわよね。金持ちで悪役顔、これすなわち悪役令嬢だと思いますの。悪役令嬢、これすなわち、最初は王子の婚約者になると決まっていますのよね。学園に入学すると、殿下は明るく楽しい朗らか令嬢と恋をするでしょう。そうして、卒業式の後に行われるパーティーに呼び出された私は、殿下から婚約破棄を告げられてしまうのです。実家を没落させられて、追放される事になるのです!」


 スーリフ大陸の遥か東に位置する大国鳳陽からは、多くの恋愛小説が運び込まれることとなったのだが、その恋愛小説の中には、王子の婚約者が当て馬となって、王子と身分が低い少女との恋を刺激するスパイスの役割を担った末に、結果、ライバル役はあっけなく捨てられて、少女と王子がハッピーエンドを迎えることになるという。


「カサンドラ、はっきり言って、鳳陽小説の読みすぎではないのかな?」


 カサンドラの父は呆れ返りながら自分の娘に声をかけたのだが、

「そんなことはございませんわよ!私は絶対に!当て馬にして、恋のライバルとなり!恋する二人の巨大な障壁となって、甘酸っぱいスパイス盛り盛り状態になるよう導き、結果、二人の恋を後押しした末に婚約破棄を突きつけられて!国外追放を言い渡されることになるのですわ!」

 カサンドラは意気揚々と宣言したのだった。


「だから!ぜーったいに私は殿下と結婚なんて致しませんのよ!ですから王太子妃教育なんて、テキトーにこなしちゃいますわ!」

「王太子妃教育は、一応、こなしていくつもりはあるんだね?」

「ええ!だって、キチンと引き継ぎ出来ないと、朗らか令嬢が困ることになってしまうではないですか!」

「そういうところはきちんと配慮するんだね」


 カサンドラの父は、大きなため息を吐き出しながら自分の頭を抱えて項垂れた。万が一にも、カサンドラの言う通りの未来が訪れるというのなら、婚約破棄を宣言された時点で、次の殿下の婚約者への引き継ぎ作業なんて必要ないと思うのだが。


 勝手に相手を変えるというのなら、そこまでこちらが配慮をする必要がない。絶対にそんなことまで考える必要はないというのに、カサンドラは前のめりで行動していくところがある。


 何しろ、同じように殿下の婚約者候補となっていたコンスタンツェ嬢やカロリーネ嬢にまで、王宮で習った教育を可能な限りそのまま教えていたほどなので、

「万が一にも二人のどちらかがヒロインとなって、私を追い落とすことになるかもしれませんものね!」

 そうなった時に、スムーズに婚約者の地位を移譲できるようにとの配慮がすごい。


「お父様!私はいつでも国外追放されても良いように!新しい事業を展開していきたいと思っていますの!」

「お父様!いつでも国外追放されても良いように!国内の資産の一部を海外の投資に回したいと思っておりますの」

「お父様!お父様!お父様!」


 いつでも何処でも、婚約破棄を言い渡されても良いように、娘は明後日の方向に頑張っている。それはいつでも侯爵家の利益になるような話だった為、温かく見守ることにしたのだが、

「カサンドラ、本当にそんな調子で良いのかい?」

 と、問いかけずにはいられない。


 王子の婚約者となったカサンドラは、誘拐されたり、カサンドラの所為で戦争一歩手前まで行ってしまうようなこともあったけれど・・

「私はぜーったいに!殿下と結婚なんか致しませんわよ!」

 と、ひたすらカサンドラは言い続けていたけれど・・


「え?娘が妊娠?子供が出来た・・ですか?」

 ある日、王宮にまで呼び出されることになったカサンドラの父は、国王、王妃、王太子となったアルノルトと、その隣に座るカサンドラを目の前にして、

「え?本当に?妊娠?」

 と、愕然とした声を上げることになったのだった。


 学園が卒業間近となったこともあり、カサンドラは王太子の婚約者として王宮に居を移し(アルマ公国のエルハム公女が王国に留学に来ている時から、カサンドラは王宮に住まいを移したままだった)アルマ公国とのゴタゴタが解決へと導かれていく中での爆弾発言。


「え?本当ですか?来月には卒業だと言うのに・・」

 いつの間に、我が娘は大人の階段を登ってしまったのだろうか・・


「アルペンハイム侯爵も驚いたとは思うけど、これほどめでたいこともないわ〜!」

「妃との結婚式も、我が子(アルノルト)を抱いた状態で行ったものだった!民も大いに喜んでくれたものだよ!」


 おほほ、わっはっは、と国王と王妃が揃って笑うと、アルノルト王子が畏まった様子で言い出した。


「父上にご相談したかったのは、結婚式を出産後にするか、出産前にするかということで・・」

「私としては、出産後が良いのかな〜と思っているのですけど」

 あんなに王子との結婚はないと言い続けていたカサンドラが、満更でもないような様子でニコニコ笑いながらこちらの方を見ている。


 結婚式は出産の前なのか後なのか、それ以前の問題として、

『まずは!父上と私のことを呼ぶな!まだお前の父上になった覚えはないぞ!』

 とか、

『嫁入り前の娘に手を出しやがって!それが王家のお家芸みたいな感じで軽く考えているのかもしれないが!私は認めたわけじゃないからな!』

 とか、

『カサンドラ!そもそもお前は!絶対に王子とは結婚しないと豪語し続けていたよな!』

 などという言葉が頭の中を駆け巡ったものの、

「我が、アルペンハイム家は王家の決定に従うまでです」

 と答えたし、

「カサンドラ、幸せになりなさい」

 と、言って娘に対して笑顔を向けたものの、

『色々と言いたいことはあるけれど!不敬になるから言えないー〜―!』

 と、カサンドラの父は心の中で叫び声を上げていたのだった。





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カドコミ・コンプティーク様にて『悪役令嬢はやる気がない』(高岸かも先生 画)掲載!ネットで検索していただければ!無料で読めます!短期連載です。クラリッサ編までのお話となりますが、こちらも読んで頂ければ幸いです!

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