そういう日もある

とりのめ

ささくれた心に


 ざわり、と心が波を打つ。


 ひどい野郎だ、と言った彼の、その表情が蘇る。


 本当に酷いのはどちらなのか。


 いつまで経っても、お前はおれの邪魔をする。




「……で、いつまでそうしている気だよ」

「……!」

 太朗に声をかけられ、隕鐵は我に返った。動揺を悟られぬように努めるが、もしかしたら太朗には見破られているのかもしれない。大雑把に見えて、そういう感情の機微に敏い男なのだ。時にそれは知られたくないタイミングでこそ発揮してくる。

「……いつからそこに?」

「……さぁな、店にいねぇし、居住スペースは鍵かかってるし、最後はこの剣道場かと思って覗いたけど、ずーっと竹刀の点検してて動かねぇからつい声かけちまった」

 集中してたんなら悪かったな、と言いながら壁に寄りかかっていた太朗は床に座った。

「どうぞ、続けていただいて」

 恭しく片手を差し出し竹刀を示すが、隕鐵はそれには応えず立ち上がる。ずっと正座をしていたことで少々よれた袴を直し、竹刀を構えると太朗のことは気にせず素振りを始めた。


 脳内ではあの男が、何度も己を非難している。それを振り払いたかった。

 細かく切り刻んで風に乗せて散らしてしまいたい。


 しかしどうも今日は集中できない。邪念を振り払いたかったのに、心を無にできないほど増大してくる。振り下ろした竹刀を止め、しばらく構えたまま動きを止めていたがひとつ息を吐くと竹刀を収めた。今日はこれで帰ろうかと思うと、壁際に座っていた太朗が動き出す。

「……たまには試合しねぇか?」

 太朗の提案に少し考えたが了承した。

「……たまには、いいか……」

「あ、でも手加減はしてくれよ。いくら俺でもお前には敵わねぇ」

「……よくいうよ」

 そう言うと隕鐵は太朗が使うための防具を持ちに倉庫へ向かう。手拭いを持ってるかと振り返って聞けば、太朗はいつの間にか手に日本手拭いを持ち、それを振ってみせた。


(……カンの鋭い男だな、タロさんは)

 やはり内面の動揺を見抜かれていたのかもしれない。しかしそこには言及せず、別の事に意識を持っていかせるような行動を取るのが太朗だった。


 いつもありがとう、タロさん。


 あなたに助けられて、おれがいる。



 太朗に向かって鋭く竹刀を振り下ろす隕鐵に、一切の迷いは消えていた。

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そういう日もある とりのめ @milvus1530

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