20 和三郎 紫の煙がもくもく

『というわけで亜種遣いパチモンと戦っているよ。パチモンって説明してないか。あとで教えちゃうよ。こっちが終わったら、教団施設にお邪魔しようと思うんですがよいですか? よいですか、ありがとう。じゃあ、よろしくねー』

今更だけど、ケンゾーの留守電を確認した。しかし、誰がケータイ教えたんだろう? 佐々門姉さん辺りかな。ケンゾーとリンちゃんが来たってことは、谷山さんカードは無事解決したのかな。

パチモンってなんだろ? 


和三郎は2階と3階の間の踊り場に座り込んだ。

胸ポケットから小さな箱を取り出し。そこから紙巻き煙草を抜き出す。

タール14mg、ニコチン1,1mgのちょと短い、国産初のフィルター煙草。香料に蜂蜜を使っているので、ちょいと甘ったるい香りがする。

大きく息を吸い込んでー。


ぷふぃー。


和三郎は紫煙を燻らせる。建物全部禁煙だろうけど、知ったことか。

階上からはドガチャカと菩薩演奏隊の音楽が聞こえ、階下からはドクゾンビの魚醤な匂いが漂ってくる。そんな状況下で、禁煙守るの馬鹿馬鹿しいなと思ったのだ。全館禁煙の中で紫煙を燻らせるこの背徳感はたまらんなー。スプリンクラーにだけは気を付けよう。

散歩とかしてるとさ、町の煙草屋さんの名残があるじゃない? 路面に面した家の片隅とかで煙草販売してたらしいなってとこ。営業していたまんまの看板が残ってたりするんだけど、そのキャッチコピーが「おみやげに」とか、「おくりものに」とかだったりするんだよね。昔はお歳暮やお中元でやりとりされる高級品だったのに、今は蛇蝎の如く嫌われているねえ。


「解せぬ」


さてさて、現状はというと。

阿弥陀様の世界線では、神道の神様も敵わない。攻撃は通るけど、凄まじい回復力が、我々の攻撃を無効化する。

ケンゾーとリンが加勢してくれたので、時間稼ぎはできた。だけど、どうやって死体持っていこうとしてる如来様に対抗するか? うーん、決定打がない。


考えても仕方がないので、まずは階段降りて、ケンゾーと合流しよう。

和三郎はゆっくりと立ち上がると、煙をモクモクさせながら階段を降り始めた。

「煙がもくもく♪」

コブシを効かせて、紫の煙の音頭バージョンを口ずさむ。


教団施設の1階ロビーはというと、ニョクマムな匂いが充満していた。

教祖の遺体回収に動いた菩薩達だったが、未だに回収できていない。

ドクゾンビ達がいい仕事しているからだ。

ぷるうんぽよよんとドクゾンビが菩薩にとびつく。そのままドロドロと纏わりつき、動きを阻害していた。菩薩達が床に倒れて絡みついたドクゾンビを引き剝がそうと藻掻いている。

その間にもドクゾンビの毒が菩薩の身体を一瞬蝕み、すぐに回復するを繰り返している。菩薩は知らず知らずにぐったりーからの、いきなりシャキーンを延々に繰り返している。

その間、教祖の遺体を持ち出すことができずにいた。


屋上からの破魔矢の急襲も退けるほどの無敵感漂わせていた菩薩達。

なのに今、大理石の床にへばりつき右往左往している。和三郎は何気なく階段を降りてきた瞬間に、そのあられもない姿を見てしまった。くっくっくっと笑いをこらえていたが、ついに耐えられず腹を抱えて、涙を流して笑いだしてしまった。いかんいかん、職務中だった。でも、これダメだ、涼やかな眼差しで表情変えずに、ドタバタするなよ。なんのパントマイムなんだよ、お前ら全員、ヨネヤマママコの関係者かよっ。


「ああ、刑事さん!

あの黒いの止めてくれよっ!」

身体を九の字に曲げて笑い続ける和三郎を怒鳴りつけたのは、教団の2番目に偉い人・是政だった。

「死体損壊・遺棄の現行犯? これを制圧中なので……ぷふっ……是政さんのきぼ、希望には……応えられない。ぷへっ、ぎゃははは、ダメだ笑わせるなよっ」

和三郎は真面目に返事をしようとしたが無理だった。教祖死んだら教えろと言ったのに、なぜ伝えなかったか、和三郎は是政にクレームを入れたかったのだが、どうにも笑いが止まらずに、言葉を続けることができなかった。


なんだよ、この刑事。笑い転げやがって。

せっかくの教団存続の策が台無しだ。菩薩に極楽浄土に召される教祖の姿をSNSに上げて、神秘の力は、この教団に顕現した! 的にキャンペーン張ろうとしてたのに。

なんだこの見た目はやけにかわいいくせに、魚臭いぷよぷよはっ!

連れ込んだ若造と小娘はなんなんだよ!


「えーとさ、是政さんだっけ?」

ひーひーと息を吐き吐き和三郎が声をかけた。是政は訝し気に和三郎の方を向いた。

「ここに来る前に一通り資料読んだんだけどね、やめた方がいいよネット配信」

「なっ」

「何もあんただけじゃないんだよ。同じこと考えた宗教家はたくさんいたんだよ」


あ、同じこと言われたな、緒方さんに。ちょっと前に。

「なんていうんだっけ、こういうの、で……で…でじゃ、デジャブ」

是政は緒方に言われたことを思い出した。拡散しようとした法華倶楽部の皆川さんは、失踪してそのままだ。これまでに仏様の集団がやってきて、極楽浄土に渡った人の話が、公になったことはない。

「語尾がヴューじゃないから、それ元ネタ『時をかける少女』ではないね。尾美としのりはお醤油の臭いがするんだぜ。するとあれか『殺し屋たちの店』か? ソンジョが言ってたな」

菩薩の姿がやっぱり可笑しい和三郎は、テンションがあらぬ方向に行っているのか、妙なツッコミを入れる。

「元ネタってなんだよっ、お前の言ってることは全くわかんねえよっ」

是政は激昂した。

「すまんすまん。なんかさ、広めようとするとダメらしいんだわ。国が圧力かけたとか、そういうことじゃないみたいだよ」

「じゃあ、なんでなんだよ」

「さあね。推測になるけどさ、今ここで起こってる御仏アブダクション、認識できているのはここにいる人間だけだと思う。でさ、これ広めようとすると、世界の理の何かに抵触しちゃうんじゃないかね?」

「これ広めようとしたら、世界に嫌われ…る」

「多分ね。御仏アブダクションはよくわからない現象と言われているけどさ、俺はそこのお棺の中に収められてる教祖が原因だと思ってるんだよ」

「教祖が? うちの取手軍三が原因?」

「そ、取手さんの強いイメージが、世界の何かを呼び寄せた。何だかの正体は分かんないよ。その何だかは、強い想いには応えるけど、それ以外は拒否するとかさ。知らんけど」

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