19 ケンゾー わんわん大行進する
「ふぐふぼぼぼ」
「巨大な共産主義国家に倣って、赤い旗に5つの黄色い五芒星を施した旗をかがける国の人のようっスね」
どこからともなく現れた勘解由小路檸檬がにへらにへらと近づいてくる。
亜種遣いの両親指を後ろから拘束バンドでキュキュッとくくる。鮮やかな手並み。
勘解由小路の後を追いかけるように現れた、数人の警官がきりきりと引き立てていこうとしていた。
「るるるっ」
リンの目の前のルシファ亜種は、亜種遣いの想念が切れたため、消えかけていた。輪郭がおぼろに歪んでいる。決着はついたのだが、リンは警戒を解いていない。
それを見たケンゾーは溜息をつく。
「檸檬ちゃん、いっぱい釣ってきたねえ」
「呼び方は檸檬じゃなくてカデちゃんでよろしくっスー」
にへらと笑い、いつもの約束のあいさつを交わす。
「ええー、それじゃあ、僕ったら道案内しちゃったすかぁ?」
勘解由小路は今気づいたかのようにわざとらしく声を上げる。
「5つの星のうち、4つの小さい星には意味があって、それぞれ労働者、農民、知識人、愛国的資本家を表してる国の人っぽいオーナー様は、よほど純正品が欲しいみたいだよ。今回のコピー品もかなり気合が入っていたからね。きっとオーナー様は愛国的資本家って人だと思うな」
「なんすか、愛国的的資本家って胡散臭いなあ。もーさー、カードなんて亜種でいいじゃん。コピーばっかりしてるパチモン大国なんだからさあ」
「なんとか大革命で知識人ぶち殺したり、七色の川とか、霧のロンドンもマッ青のPM2.5な濃霧とか、オリジナリティもいっぱいあるよ。それに、ほら、本物がないと本物そっくりなパチモンも作れないんじゃないかなあ?」
ケンゾーが勘解由小路とふざけあっていると、雑居ビルの周りの一般住宅の屋根の上に、わらわらっと武装集団が姿を現した。その中の一人がリンとケンゾーの前に降り立った。
しばしの間を置くと男は話し出す。
「赤鯥上海公司のセキュリティ担当の宋です」
戦闘服なイケメンがにこやかに自己紹介する。
「これはご丁寧に。警視庁公安8課のケンゾーです」
ケンゾーはペコリとお辞儀をする。
「ビルから持ち出したものをお返し願えないでしょうか?」
宋と名乗った男は切り出した。
「いえいえそれはなりませぬ。あの札、国外持ち出し厳禁なもんで。あ、壊した扉とか金庫は弁償しますよ」
「いえいえ、そちらが仰るような例の札とは全くの別物です。またこちらの資産でもありますし。穏便にご返却いただければと思うのですが」
「それはちょっとできない相談ね」
勘解由小路が小声で今、中森明菜だったっスとツッコミを入れ、ケンゾーが節はつけてないからセーフと答えている間に、宋は顎を撫でながら思案顔で、屋根の上の部下に指示を送った。あちこちの屋根から不穏な気配が立ち上がる。
「ケンゾさん、ケンゾさん、辺りに禍々しい雰囲気が」
勘解由小路が魔法の気配に、気遅れ気味に呟いた。
「お返し願えませんか?」
何かしらを召喚しようと亜種に念を送る部下たちを背景に、宋は不敵な笑みと共に声をかける。
ケンゾーはごそごそと袋の中から鈍く銀色に光るカードを1枚取り出した。回収した谷山さんカードの1枚である。
「じゃあ、試してみましょう」
「試す? 何をどうやって?」
「あなた達もやっているようだし。召喚びだしてみましょう。我々が言う例の札だったら、何かしら飛び出すでしょ。飛び出なかったらお返ししますよ」
ケンゾーは小首を傾げる。宋は眉間の皺を濃くする。
「では」
ケンゾーの手にしたカードから一気に円錐形が形成される。飛び抜けて素早い召喚速度だ。
慌てた宋が部下に召喚びだせと合図を送る。部下たちが手に持つ亜種カードから、力場が円錐形に盛り上がり始める。円錐がはじけて、中から歪な翼のあいつたちが現れる。
部下たちが召喚びだしたのは、やはりの
「ひいっ、ケンゾさん、ヤバいっす! 数多すぎ!」
勘解由小路がバタバタと慌てふためく。
その横でケンゾーはうーんと考え込んでいる様子。徐に勘解由小路の方を振り向いた。
「えーと、なんだっけ?」
「あう? 召喚びだすモンスターの名前、忘れたの?」
「ごめん。狼みたいなやつで、アングルボザの子供に…」
「ふぇ、フェンリル!」
「あ、それそれ、それはフェンリルですが……フェンリルに間違われるカワイそーな子達」
「ひっかけ問題なのう? あー、同じ北欧神話っスよね」
「うん。たしかエーリューズニルの番犬なんだけど、名前が指輪物語のゴクリみたいな」
「なんで、周辺情報ばっかり充実してるんですかっ!」
勘解由小路が地団太を踏みながら叫んだ。
「ケンゾさ~んっ! そいつはガ、ガ、ガ、ガルムですーっ!」
合点のいった顔をして
「それな」
ケンゾーが勘解由小路を指差す。
ケンゾーの手にしたカードの円錐がぱっかり開く。カードに開いた穴から狼ライクなガルムがひょっこりと顔を出した。すんすんと辺りを見回して、当然ケンゾーと目が合う。
「こんちわ、ガルム達。ちょいとお願いがあるんだけどいいかな?」
ケンゾーがにっこりと尋ねる。
「わふっ」
円錐から顔を出したガルムが了承の鳴き声を上げる。
「
水戸黄門な言葉を合図に円錐からガルムがわらわらと飛び出してきた。数メートルはある巨大なオオカミ的ガルムがもりもりと現れると、一斉に
宋と名乗った男は茫然自失状態。圧倒的な実力差を眼前に提示されて、身動きも取れないでいる。
「赤鯥の連中が加勢呼んだんで、現在の人員だけだと対応ムリっす。
ええ増員お願いしまーす」
勘解由小路ことカデちゃんが、佐々門姉さんに連絡をしている。
その横にいたカデちゃん配下に向かってケンゾーがにっこりさわやかに口を開いた。
「えーと我々、次の案件があるので、すいません。
ここらでドロンいたします」
忍者の印を組んで後退っていく。
「るるん!」
リンちゃんも同じポーズで高速で後退っていく。
その後をわふわふっとガルムの群れがついていく。
「ああ、ケンゾさん、ずるーい」
残されたカデちゃんが悲痛な声を上げた。
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