14 和三郎と神狩りと弥勒戦争と暗黒神話とジュリー

和三郎は壊れかけの屋上の端まで歩いて行った。教団施設入口正面のちょっとしたロータリー的な場所、その上空に浮いている阿弥陀如来に対峙する。周囲に菩薩が浮いてドガチャカドガチャカ演奏している。何人かの菩薩は教団施設の中に消えていく。往生した教祖を迎えに行ったのだ。


「ヒルヒル先生、質問」

「なんですか、ワサワサくん」

「阿弥陀如来って偉いの? 大日如来より強い?」

「一番偉いですよ。なんたって西方浄土の教主らしいですよ」

「弥勒菩薩の方が強いのかと思ってた。なんたって人類の敵だからな」

「それ火神アグニを盗んじゃう山田さんの世界線だし。一応、弥勒はまだ仏様でもないですよ。これから生まれる未来の仏だから。あいつは現在修行中です」

「ふーん。馬頭星雲が迫る地球上で復活するんだっけ」

「そっちは諸星さんの世界線」

「隠れた貌っていう秘密組織とか関係してる?」

「してないです! それはウィルソンさんの世界線で、大日如来がクゥトゥルフ絡みってのは田中さんの世界線です!」

「神様より仏様が強いの?」

「仏教的な世界線では、蛭子とか弁財天はその他扱いですから。たしかに彼らの世界線では弱いですね」

「世界線ねえ。潜在意識の認識とかさ、その綻びを利用して世界線捻じ曲げたら、阿弥陀様もねじ伏せられるんだろうな」

「理屈としてはそうかな。念仏唱えて極楽浄土へ行きたいと強く念じて往生した人間の認識ってどう変えるんでしょうねえ」

「ですよねえ。やっぱり現状、手詰まりっすねえ」


和三郎は阿弥陀如来を睨めつける。今日は負けだけど、今度は絶対ぶっ殺す。

「なんかうまい方法考えて、コテンパンにしてやるからな」

そんな和三郎の思いを知っているのか、阿弥陀如来は和三郎を冷ややかに見つめている。


「ああ、なんだ貴様っ、教祖様の往生を邪魔するな」

教団施設の内部が騒がしくなった。

なんだろうと和三郎は屋上の端から下を覗き込んだ。


ぐおんと空気がかき乱れて、長椅子が窓を突き破ってロータリーに飛び出してきた。それを避けたのか、菩薩がたたらを踏みながら、ロータリーへ転び出てきた。


「コックローチ並みに嫌われる標準装備のドクゾンビ」

良く通る韻を踏んだ声と共に現れたのは、ケンゾーとるるぅのリンだった。

「あ、ケンゾーだ」


ケンゾーが手にした数枚の光沢のあるカード。谷山さんカードだっけ? カードの表面が円錐状に盛り上がり脈打っていた。


「どぅーん」

ケンゾーののんきな掛け声とともに、円錐が最高潮に盛り上がるとぱきんと割れた。ぐももとカードの中から、黒くてまん丸いフォルムの生き物が飛び出してきた。


まん丸いフォルムは着地すると、光沢のある体をぷるるんと震わせた。コーヒーゼリーのようで旨そうなんだけど…。


「魚臭い」

ヒルヒルが鼻白んだ。ケンゾーが屋上を見上げて済まなそうにする。

「ごめんよ。ドクゾンビは臭いんだよ」


ケンゾーはドクゾンビ集団を仏様にけしかけている。ぷよっぷよっとリズミカルに身体を震わせながら、菩薩達にぬらぬらっとまとわりつく。

基本、ドクゾンビは汚物に手足が生えたようなものなので、菩薩達も対応に困っているようだ。


ケンゾーとドクゾンビが、菩薩相手に乱闘を始めたロータリーに、少し遅れてるるーのリンが飛び出してきた。

屋上を見上げて、和三郎を確認したリンは、にぱあっと笑顔を向けて大きく手を振った。和三郎に向けてコントラバスケースを掲げると、ハンマー投げの要領でぶんぶんと回転しだした。回転が最高潮に達した瞬間、リンは屋上めがけてケースを放り投げた。


ものすごい勢いで屋上に落下、横滑りしてきたのは、ヒルヒルのコントラバスケースだった。

受け止めた和三郎にはケースの番号は「9」と読めた。


「いくぞう9番~」

和三郎はケースを開けながら、ニヤリと呟いた。


「え? なに? 山下満州男警部?」

ヒルヒルがツッコミを入れつつ、左腕をばしゅっと切り離す。

どさっと左腕が落下する音が屋上に響いた。


俺たちの戦いはこれからだっ!

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