9 和三郎とヒルヒルと海洋地形学の物語
「自分で説明していて、こんなに自信なくなったの初めてだよ。
俺は一体何を説明しているんだ? これ本当に事実なんだよね?
ずっと頭の中に?マーク出っぱなしだよ」
待機所としてあてがわれた小さな会議室で、和三郎は頭を抱えていた。
「新鮮なリアクションです。私にとっては日常だから、なんにも疑わなかったんですけど、
普通の人はそうなるんですね」
「普通かあ。まあ、事件が起こってもさ、犯人は人間だったからね。対人間相手の捜査とか、捕獲とかだったら、対応は心得てるよ。
でもさあ、仏様でしょう、犯人は」
「ええ、そういう見た目の集団ですね。でも実際はどういうものか、こちらも詳細は把握していませんよ。何かしらの目的があって、行動する団体であるのか? はたまた何かを契機に発生する現象なのか? 我々も説明ができないくらい、情報が少ないです」
「現象か団体かわかんない対象のやらかす死体損壊・遺棄罪を未然に防げって言うんでしょ。ほんとにもう無理無理無理無理無理無理。無理筋だよ」
「何度も取り逃がしてます。あまりにも素早いので、後手に回ってますね」
「でさ、今回、捜査本部が入手した情報でここへ来たじゃない。どうやって次に狙われる仏教信者を探し当てたの?」
「さあ? 徳が高くて次に来る即身成仏候補とか、都度都度更新しているんじゃないですか」
教団の名前がまぼろし仏教団。中二だなあ。
「まぼろし仏教団かあ」
「怪獣ロボットとか持ってそうですよね。『そうだ! 俺にはカプリゴンがいる!』」
たしかに、国家警備機構と戦ってそうな名前だな。しかし、なんで知ってる? ヒルヒル?
教祖の名前は取手軍三。
資料にはなんだかいろいろ崇高なことが書いてあるけど、抽象的すぎるよな。
そんな中に何故か、娘がいたけど病死してるとか、娘はクマのぬいぐるみが大好きだったとか、なぜか娘さんの情報もぶっ込まれている。
これ必要か?
どういう基準で、何をもって徳が高いと認定するのかはわからんけど、お役所仕事ならやってそうだよな、そういうよくわからない情報収集に変な力入れてるの。誰が得するかわからんというのに、無駄にエネルギッシュに、それでいて淡々と。今日のお悔やみ内に仏教関係者はこれだけいて、その中でも徳の高い人は誰某さんでした! とか、そんな感じで調べてるというようなね。あながちありそうだから始末が悪い。大往生したらしたで、通知が来るようになっているんでしょうしね。それこそすごいコンピューターが計算していたりするんだろうな。ほんと気持ち悪いな。
「ここの教祖が亡くなったら、通知が来るんだよね」
「そこからは時間との戦いです。やつらは必ず西の方からやって来ます」
じゃがじゃらーあああんんっ!
「今鳴ったみたいな銅鑼の音が……」
言いかけたヒルヒルが口をつぐみ、和三郎の顔を覗き込む。
「あああ、やつら黙っていやがった!
とっくの昔に教祖はくたばっていたな!」
同じようなことがあったらしい。西方浄土から御仏がやって来る、ヤアヤアヤア! 宗教関係者としては奇跡がタダで舞い込んでくるんだから、利用しない手はないわけだよね。だから対象者が無くなるのを黙ってて、捜査の妨害をしてくるという。前回もいつも同様に見事、遺体を奪取されたらしいな。でもなあ、これ利用しようとしても、なぜか利用できないんだよなあ。どういう仕組みか分からんけど。
西に面した窓のカーテンを取っ払い、目を凝らしてみる。
西の彼方に天から一条の光が差していた。
その光の下に二十六人の人影が見えた。激しく何やら蠢いている。
「なんだなんだ、なんか演奏してるぞ」
ドガチャカドガチャカという騒々しい音がどんどん近づいてくる。
「これは聴いたことがあるっていうか、
イエスの『海洋地形学の物語』まんまじゃねえかよっ!」
「ああああっ! 時間がないって言うのに、なんにも説明できないじゃないのっ」
ハルコはそう叫ぶとコントラバスケースに近づいた。
「和三郎さん! 屋上まで移動します!」
そういうとドアに向けてコントラバスケースを投げつけた。
ドコっと音を立てて、施錠されていたらしいドアが、ラッチボルトをひん曲げて外へと開かれた。ぎゃっという数人の悲鳴が聞こえた。コントラバスケースが扉の前で二人を幽閉しようとしていた信者もなぎ倒したのだ。
「屋上へ出るっ!?」
軽々とコントラバスケースを抱えて走り出したハルコを追いながら、和三郎が叫んだ。
「迎撃します。まだ間に合う!」
和三郎はポニーテイルがふっさふさと揺れるのを目で追った。
「迎撃って?」
「破魔矢で仏様を駆逐します!」
神様の力で仏様を駆逐すると。
「半村良もびっくりだ」
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