8 和三郎 警察官に見えなかった件

是政が実質管理する宗教団体は仏教系の宗教団体だ。

何かとお騒がせな学会と同じく法華経系となる。団体を起こした教祖本人は非常に良い人であった。

良い人で信望はあるのだが、お金は無いというカツカツの宗教団体だった。


そこで管理を任された是政が、心を鬼にして信者からお布施を搾り取れるまで絞り出させてきた。不信を抱くぎりぎりのところまでは搾取するのだけど、言葉巧みに信者を操り、信頼を失うまでには至らぬように常に動いた。

そんなキワキワを攻めつつ、なんとかやりくりしてきたのである。

是政の努力が実を結び、信者も増えて、まともな生活ができるようになってきた。

ここからもう一段階上へ、宗教団体として大きくなるはずだった。


良い人ほど亡くなるのが早いというが、馬鹿正直な教祖もその例にもれず、

不治の病で倒れてしまった。発見されたときはもう末期だった。どうにもしようがなかった。


悪いことは重なって起こる。

息子たちが団体の資産を自分たちのものにしようと、一時的に結託して、是政と敵対した。

教祖は人格者だったが、その息子たちは愚かな守銭奴だった。


現在は自分が取り仕切っているが、教祖が亡くなったらおそらく立ちいかないだろう。

実権が息子に移る寸前には、もらえるものはさっさといただいて

とんずらしよう。是政はそう考えていた。


そんなことを考えているタイミングに警察がやって来た。

げげっ。

かなりグレーなお布施もいただいていたから、どうしても危うい案件で捜査で来たんだろう。

そう勘ぐっても仕方ないじゃないか。


でも、やって来たのは警察でも、斜め上過ぎる。

よれよれのスーツのひょろい男と

なぜかコントラバスケース引きずる女子高校生だった。

これで警察ですって言われて信じろというのが無理だ。

警察手帳見せてもらって、なんだか本物っぽいので、

なんとなく本物なんだろうと思うことにした。

「警視庁の方から来ました」

とか言われていたら、もっと警戒したんだろうけど、

すごく申し訳なさそうに、鈴鹿さんだっけ、ひょろい人が言うからね。

しかし、なんなんだこのアニメの設定みたいな部署名は?

笑ってる男とか、人形遣いを探してるのは……9課か。

その鈴鹿和三郎と名乗る男は、警視庁公安部の第8課の刑事だという。


教祖に関する事で伺ったと言う。

立派な仏教信者の今際の際に現れて

魂をかすめ取る謎の仏様の集団がある。

その有無を言わさぬ早業故か

御仏アブダクションと称されている。


どこの都市伝説だよ。


現れる仏様は阿弥陀如来と二十五菩薩。西方浄土の通りだな。

しかし、謎の仏様ってのは本当は何者なんだ?

成仏の対象としてうちの教祖が選ばれたと言うのだけど、うちの古参の信者に聞いても

そんな話は初耳だというだけだった。

唯一、知っていそうな緒方さんは、出張中で現在こちらへ鋭意戻っている最中。

間に合うようなら、話を聞いて確認を取りたいところだ。


いや、待てよ。

これ、うまく利用できれば、うちの団体、すこしは延命できるかもしれない。

徳を積んだ教祖が仏様に誘われたという美談にでもすれば、

また信者を獲得できるか、少しの間でも話題になれば、金儲けもできるかもしれない。

是政は良からぬ笑みを浮かべていた。


そのタイミングで緒方が出張から戻ってきた。

「みほとけあぶだくしょん?」

緒方があぶだくしょおおんと語尾が強くなる声色で復唱してきた。

かいつまんで内容を伝える。

「ああ、ほかの団体でもあったらしいことは聞いている。

でもなあ、これ延命措置というよりは、ウチにとっては諸刃の剣だぞ。今のお前と同じこと考えたやつらはいっぱいいる。宗教家なら絶対に考える。他者との差別化がいとも簡単にできるからな」

「少しは団体を延命できないかと思ったんだがな」

「これが表沙汰になってないのは、それを嫌がっている勢力がいるからだよ。国家権力とかな」

「法華倶楽部とかってあっただろ? 皆川さんとこ」

「ああ」

「ちょっと前に、なんだ、そのー、えーと、御仏アブダクション? そいつに遭ってたらしい。うちも有名になると興奮してたんだがな」

「そんなことがあったのか、そういえば皆川さんって」

「それから連絡がない。というか行方知れずだ」

「そうか……うーむ……」

是政は身もだえするように変な動きをしながら逡巡する。

「それでもやってみよう」

「是政、それは悪手だと思うぞ」

緒方が警告する。

「俺が行方知れずになる程度で済むなら、あのバカ息子どもに乗っ取られるよりはましだよ」

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