10 和三郎 太腿がうれしくない件について

銅鑼の音と共に生まれたかに見えた。


蠢く有象無象が速やかに形を取り出す。きらびやかな衣をはためかせる。


貴き尊き御仏たちの姿が十重二十重に重なる。


幾重にも巻かれた腕輪が、打ち鳴らされてしゃらんらと声を上げる。艶めく長い爪、


手にした様々な楽器が騒々しくも高貴な音を奏で始める。


緩やかだった音色は次第に重なり合い、喧騒の度合いを増していく。


再びの高らかな銅鑼の音と共に、その集団は目的地に向かって動き始める。


足元には知らぬうちに筋斗雲よろしく雲が形成されていた。




小高い丘に宗教団体の施設は立っていた。


その西の方。街のど真ん中にその集団は出現したのだが、周囲の人間はその存在に気付かずに、いつもの生活を営んでいる。


少しでも霊感のあるものは、めまいを感じたかもしれない。銅鑼の音が聞こえたような気がして、耳を覆ったかもしれない。盲しいた者は一瞬の瞬きに光が差し狼狽えたかも知れない。でも、その集団の姿は誰も気が付かなかった。


丘の上の当事者たちをのぞいては。




ぎぎん


と阿弥陀如来と二十五菩薩達が一斉に丘を見つめた。


ドガチャカドガチャカと丘を目指して喧騒が迫っていく。






「えっえっエレベーターでいかないのかよっ」


コントラバスケースを抱えるハルコを追う和三郎は、ひいひい言いながら階段を駆け上がっていた。


最上階へつながる踊り場についたヒルヒルがドアノブを回すが、施錠されている。数回ガチャガチャとドアノブを回したが開く気配はない。


後を追ってきた和三郎が踊り場にたどり着くべく、数段を駆け上がっている最中に、ヒルヒルは扉に向けて後ろ回し蹴りを繰り出した。


「あ、馬鹿。脚がダメになるっ!」


和三郎が警告を言い終わる前に、がこんという小気味いい音と共に、金属製のドアが九の字に折れ曲がりながら、屋上へと吹っ飛んでいった。


案の定、ヒルヒルの足首は逝かれてプランプランしている。亀裂の入った踝から、なにやらコードやら繊維やらが垂れ下がっている。


「言わんこっちゃな…い?」


「心配しないで。義肢だから」


「義足だったの? その割に平然と歩いていたよね。走っていたよね」


和三郎が真顔で叫ぶ。


「後でまとめて説明します。今は時間がないから、言われたことやって、お願い!」


「う、うん、よくわかんないけど、わかった!


何やればよい?」




ヒルヒルは近づく御仏アブダクション=聖衆來迎の位置を見定めると、相対する位置へと素早く移動した。そして、おもむろにコントラバスケースを引き寄せるとガバリとケースを開けた。


大きく2番の数字が刻印されたコントラバスケースの中には。


破魔矢一式が入っている。それを取り出すとヒルヒルは破魔矢の入った弓矢ケースを肩から下げる。


同時に右手で左腕の付け根を操作しだした。


がしゅっと圧縮した空気を吐き出しながら、ずるりと左腕が抜け落ちた。


「っ!」


ケースの中には破魔矢のほかに、一対の腕と両脚が収まっていた。ヒルヒルは弓用左腕を取りだすと、抜け落ちた左腕のかわりに、付け根にあてがった。がしゅっと音を立てて弓用左腕が装着される。


交換した左腕の握力を確認するように指先をにぎにぎと動かす。


「和三郎さん、脚を取り出して」


ヒルヒルは換装した左腕を使って右腕を外しながら叫ぶ。


「えええっ、う、うん」


言われたまんま和三郎はケースから弓用右脚をとりだした。妙にしっとりしたシリコン製の外皮をまとった、それでいてがっしりとした脚だった。続けて弓用左脚も取り出す。付け根の位置が微妙に違っている。


「シンメトリーなら扱いも楽なのに、ごめんなさいアシンメトリーで」


「いや、よくわかんないけどさ、これ脚も交換するの?」


「そう! イジェクトするから引っこ抜いて」


ずるっと右脚が大腿部の途中から抜ける。和三郎は少し戸惑いながらも、右脚を引き抜いた。


女子高生の生脚なのに、なんだか少しもうれしくないのはなぜだろう?


ヒルヒルは新しい右脚をガコンと装着する。


「今度は左脚抜くね」


「お。おう」


左脚は股関節から交換のようで、ばしゅっという圧縮された空気が抜ける音と共に、プリーツスカートがふわっと持ち上がる。何も考えずにスカートの中に手を突っ込んで、左脚を抜き取った。


「左脚を頂戴っ」


少し顔を赤らめながら、ヒルヒルが命令する。


客観的に観たらスカートの中に手を入れてるという自分の姿が脳裏をかすめて、和三郎もなんだか恥ずかしくなる。


「う、うんっ 行くよ」


掛け声とともに弓用左脚が装着される。




ヒルヒルこと淡島ハルコが弓を片手にゆっくりと起き上がった。




カツッカツッとコンクリートの床を蹴り、強度を確かめる。




…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。




義肢はうなりを上げる。


握りしめた義肢の両手の甲に三つ柏の紋が光る。




「破魔矢射出対応義肢装着完了!」


ヒルヒルが凛と叫んだ。




ドガチャカドガチャカの音がかなり近づいてきていた。


「チャカポコじゃないのかよっ」


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