ささくれとパンダ

だるまかろん

ささくれとパンダ

 オオカミ男は満月の夜にオオカミになる。僕は少し違っていて、満月の夜にパンダになる。僕の家系は、満月の夜にパンダになる“パンダマン”と呼ばれた。

 僕は明日、パンダになる。パンダになる前に準備するのは、自分を監禁するための檻、それから空腹を避けるための食糧の笹である。


「ささくれー、ささくれー。」


 僕の祖父は、満月の夜に笹がないことで、村々を駆け回り民家を襲ったという言い伝えがある。この村でパンダが神聖なものとして扱われているのは、僕の祖父が起こした事件がきっかけともいえる。

「笹餅を捧げよー、捧げなければ、満月の夜に“ささくれ”ができるであろう。」

 僕は、幼馴染の半田さんに、笹餅をもらいに行くのだ。すると、半田さんは笑って言う。

「新しい味の和菓子を作ったよ。食べてみるかい。」

 半田さんは、毎日、和菓子や洋菓子を作って、僕に試食して欲しいと言う。そしていつも笹を添えてくれた。半田さんは将来、パティシエールになる夢がある。

「食べる、食べるよ。半田さんのお菓子は美味しいよ。僕は大好きだ。半田さんのお店ができたら毎日通うよ。」

 半田さんは、僕が満月になるとパンダになることを知らない。パティシエールになるには、毎日の練習やコンテストの作品作りが欠かせないそうだ。昼はお菓子の専門学校に通って夜はケーキ屋さんでケーキ作りをして、それが終わったら夜明け前までに新作のお菓子を作ったり練習したり……。毎日忙しそうで、いつ寝ているのか見当もつかない。

「ささくれが治らなくて、困っちゃうわね。」

 半田さんの全ての指に、ささくれがあった。

「努力は、裏切らないよ。半田さんのお菓子は、もっと評価されるべきだ。」

 僕は、半田さんをじっと見た。

「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しい。お店を開いたら、食べにきてね。」

 次の日になった。今宵は満月だ。僕は昼食を檻の中で食べる。焼き肉を食べれば多少の空腹を感じなくなるらしい。家族揃って、地下室の檻に入り、鍵をかける。

「絶対に満月を見てはいけない。パンダになってしまうからね。小さな光も危険だ。とにかく真っ暗闇の中で、静かに過ごすんだよ。もし、誰かがパンダになっても、誰かを食べてしまわないように、とにかくぐっすりと眠るんだ。朝になったら、地上に出ても大丈夫よ。」

 母親は、僕がパンダになることを一番恐れていた。僕も、自分がパンダにならないように、細心の注意を払う。

 そして、朝を迎えた。なぜ朝を迎えたと分かるかというと、朝の音楽が流れるからだ。

「ピー、ピー、ピー、朝です、朝です。」

 僕は暗闇の中、音楽で目を覚ました。

「お母さん、もう檻から出ていいの。」

 僕は母親を呼んだ。しかし、母親の返事はない。僕は嫌な予感がした。

「お父さん、檻から出ていいの。」

 今度は、父親を呼んだ。しかし、父親の返事はなかった。僕は不安になった。

「お父さん、お母さん、僕、朝になったから檻から出るよ。」

 僕は、真っ暗闇の中、床の位置を確かめながら進んだ。ゆっくり、ゆっくりと進む。

「……ん?」

 何やら、ふわふわしたものに触れた。そしてそれと目があった。大きな目が、こちらを見る。僕は驚いて動けなくなった。

「お父さんだよ。今、パンダになっている。先に地上へ行きなさい。」

 父親は、僕に檻の鍵を託した。

「うん、わかったよ。」

 僕は檻の鍵を開けて、地下室の階段を登っていく。そして、僕は自分の部屋に向かった。

「……まだ少し、パンダだ。」

 僕の目の周りには、黒い毛皮、腕には白い毛が生えている。僕はパンダの姿の自分を見る。自分自身が人間ではないということを、しっかりと受け入れた。

「ピンポン、ピンポン。」

 家のインターフォンが鳴った。半田さんが、僕の家の前にいた。またお菓子を持ってきたらしい。

「こんにちはー。」

 僕はまだパンダの顔だったから、マスクをして帽子を着用し、長袖のシャツを着て、出ることにした。

「こ、こんにちは。」

 僕の声は、いつもより低めだ。

「あら、こんにちは。今日は帽子とマスク姿なのね。試食に来ないから心配したのよ。」

 半田さんは、僕をじっと見つめた。

「風邪なの?」

「か、風邪じゃあないよ。」

「ねえ、顔をみせてよ。」

「あっ、ちょっと待って……!」

 半田さんは、僕のマスクを外した。僕は、半田さんにパンダの顔を見られてしまったのだ。

「……。」

 半田さんは、驚いた様子で僕を見た。けれど、気にせずに話しかけた。

「お菓子食べたら感想教えてね。」

 半田さんは、それだけ言うと、帰っていく。

「な、何も気にしないの、僕の顔が変なのに。」

 僕は、半田さんを呼び止める。

「顔なんて気にしないわ。私のお菓子を美味しいって言って食べてくれるから。どんな顔でも、あなたは私の親友よ。」

 半田さんは、僕の頬にキスをした。僕は照れ臭くなった。次の言葉を探していた。

「あっ、あのさ……、いつも、お菓子をくれてありがとう。僕はきみに何も返せていないよ。だから、明日はきみに何かお礼をするよ。明日の午後に、きみの家に行くよ。」

 僕が言うと、半田さんは笑った。

「ふふふ。お礼なんて、いらないわよ。明日もまたお菓子を試食してくれるかな。」

 半田さんは、僕の目をじっと見る。

「……もちろん!」

「ありがとう。またね。」

 僕が返事をすると、半田さんは帰っていった。

 半田さんは、僕がパンダであることを知っていたのだろうか。僕は人間の心の温かさに触れた。お菓子のような、おかしな話だ。人間でない僕が、人間に好かれたいと思ってしまった。それは、まるで僕の人差し指にささくれができたようだった。

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